2023 年 63 巻 3 号 p. 167-168
環状ペプチドの膜透過係数および膜透過メカニズムを明らかにするための分子動力学シミュレーションプロトコルを開発した.正確な予測を行うためには修飾されたペプチド結合のcis-trans異性化のサンプリングおよび,ペプチドが膜中でほぼ完全に脱水和されるような膜モデルの選定が必要であった.

環状ペプチドは,創薬のターゲットとすることが困難であった細胞内の蛋白質間相互作用の特異的な阻害を可能にする新規モダリティとして注目されている.なぜなら,抗体医薬品に匹敵する標的特異性と低分子医薬品に類する良好な体内動態を両立可能なためである.しかし,一般的には環状ペプチドの膜透過係数は低いため,ターゲットへの特異性と高い膜透過性を両立させることが困難である.そのため,膜透過性の高いペプチドの設計原理を明らかにすることが必要とされている.
環状ペプチドの膜透過メカニズムを明らかにするために,実験的な研究と並行して,分子シミュレーションに基づいた研究が行われてきた.しかし,これまでの環状ペプチドに対するシミュレーション研究には1)ほとんどの研究が水溶液あるいはクロロホルムなどの有機溶媒中におけるペプチドのコンフォメーションと膜透過係数との関係を議論するにとどまる,2)各論文中で計算のターゲットとしたペプチドの数が非常に少なく,ペプチドの物理化学的な特徴と実験値との相関が尤もらしいのかどうか判別することが困難である,という問題点があった.そこで我々は脂質二重膜をペプチドが透過する過程を分子動力学(MD)シミュレーションで再現可能なプロトコルを開発し,多数のペプチドの膜透過係数の予測を試みてきた.
本研究ではまず1-Palmitoyl-2-oleoyl-sn-glycero-3-phosphocholine(POPC)から成る脂質二重膜の膜表面に対する法線方向に対するレプリカ交換アンブレラサンプリング(REUS)法に基づいて膜透過過程をシミュレーションし,改良されたinhomogeneous solubility-diffusion model(自由エネルギープロファイルおよび局所的な拡散係数から膜透過係数を推定する手法)に基づいて膜透過係数を予測するプロトコルを開発した1).詳細な計算条件は原著論文を参考にされたい.本研究では100個の6残基ペプチド(Furukawa data 1)2)をはじめとする合計156ペプチド(化学構造の1例を図1に示した)の膜透過係数の予測へ応用した.

Furukawa data 1の(a)化学構造の1例,(b)膜透過係数の実験値(Pexp)とAlogP値,(c)膜透過係数の実験値および計算値(Pcalc)との散布図.膜透過係数はlogスケールでプロットされている.
Furukawa data 1の膜透過係数と水・オクタノール間の分配係数(logP値)の予測値であるAlogP値との関係を示した散布図を図1bに示す.このプロットはカーブしており,親水的なペプチドと疎水的なペプチドでは膜透過の律速となっている要因が異なることを示唆する.AlogP値が4.0を下回るものに絞って膜透過係数の予測値と実験値との関係をプロットしたデータでは図1cに示されるように相関係数がR = 0.54となり,我々のプロトコルでは比較的親水的なペプチドの膜透過係数の予測が可能であることが示された.自由エネルギープロファイルの解析からは,親水的なペプチドは膜の中心付近における障壁を超える過程が膜透過の律速となっていることが示された.但し本プロトコルでは10残基を超えるような大きなペプチドの膜透過係数の予測は困難であった.
先の研究では多数のペプチドのシミュレーションを行うことで環状ペプチドの膜透過性に関する大まかな特徴を掴むことが出来た.しかし,REUS法では環状ペプチドのコンフォメーションを正確にサンプリングすることが難しいことがわかってきた.その原因はメチル化されたペプチド結合やプロリンのN末端を含むペプチド結合はcisおよびtransの配座を取ることが出来るものの,その異性化に必要なエネルギーの障壁が高いことであった.そこで我々はREUS法とレプリカ交換溶質焼き戻し法を組み合わせた2次元レプリカ交換法を導入することでその問題を解決した3).
10残基を超える大きな環状ペプチドの膜透過係数の予測にはサンプリングプロトコルの改善に加え,適切な膜モデルの選択も必要であった3).これまでの膜透過シミュレーションの多くは,POPCのみから成るシンプルな膜モデルを用いていた.しかし,POPCは不飽和脂肪酸を含むため,POPCのみで構成された膜モデルは比較的柔らかい.そのような膜モデルを用いて11残基から成るシクロスポリンAの膜透過シミュレーションを行うと,ペプチドを伝って膜中に多数の水分子が引き込まれているスナップショットが多数確認された.しかし,実際の細胞膜はコレステロールを多く含む比較的硬い膜であり,ペプチドが膜を透過する際に膜中に引き込まれる水分子の数はもっと少ないことが想定される.他方,最も典型的な膜透過係数測定手法であるparallel artificial membrane permeability assay(PAMPA)に用いる人工膜はμm単位の厚さのポリマーにdodecane等の有機分子を充填したものであり,やはり膜の中心部付近までペプチドにつられて水分子が多数入り込むということは想像出来ない.そこで,我々はシクロスポリンAをターゲットとして,コレステロールとPOPCの混合膜のコレステロール比率を0 mol%から50 mol%まで10 mol%刻みで変化させた膜モデルを用いてシミュレーションを行い,膜の硬さとペプチドの脱水和および膜透過係数との関係を解析した.その結果,コレステロールを多く含む硬い膜を用いるほど,膜の内部でペプチドがきっちりと脱水和され(図2a),それに伴い膜中心付近の自由エネルギー障壁が高くなることが示された(図2b).特にコレステロールを40%以上含むPOPC膜モデルを用いると膜の中心付近でほぼ完全にペプチドが脱水和されることが示された.この解析の結果に基づき,コレステロールを40%含む膜モデルを用いてFurukawaらが計測した10残基ペプチド(Furukawa data 2)4)の膜透過係数の予測を行ったところ,R = 0.85の相関係数を得ることが出来た.

Furukawa data 2の反応座標に対する(a)ペプチドと水分子との水素結合数および(b)自由エネルギーのプロファイル.膜の中心付近から端までの様子を背景に記載した.
我々は環状ペプチドの膜透過係数を予測可能な分子動力学シミュレーションプロトコルを開発した.この成果は膜透過性の高いペプチドの設計原理を明らかにするための第一歩にすぎない.今後,個々のペプチドの膜透過過程のより詳細な解析や,膜透過性の高い多数のペプチドに共通する特徴の抽出を行うことで膜透過メカニズムのより深い理解を目指していく.