2024 年 64 巻 4 号 p. 196-198
走化性では刺激に対する受容体活性がフィードバック調節されて適応システムとして機能します.大腸菌では定常状態でも受容体アレイが自発的に活性化と非活性化を繰り返し(アレイブリンキング),複数のべん毛モーターの回転を同調制御します.このアレイブリンキングに適応システムが関与していることを説明します.

走化性とは誘引物質に近づき忌避物質から遠ざかる生物のしくみです.大腸菌ではこれらの物質を膜貫通型受容体で認識し,細胞質へのシグナル伝達を経てべん毛の回転方向が制御されます.
べん毛は細菌が持つ運動器官で,細胞膜に埋まったモーターとプロペラとして働く繊維,両者をつなぐフックで構成されています1).大腸菌は細胞本体の周囲に6本程度のべん毛を持っており,これらを使って溶液中を「泳いで」移動しています.モーターが反時計方向(Counterclockwise: CCW)に回転するとべん毛が束になって細胞が直進し,時計方向(Clockwise: CW)の回転でべん毛束がほどけて細胞は方向転換をします(図1).誘引刺激では直進,忌避刺激では方向転換を主にすることで細胞は走化性を示します.無刺激の定常状態では直進と方向転換を繰り返しランダム様の運動をしています.

大腸菌走化性と受容体ならびに走化性タンパク質.走化性タンパク質群によってべん毛モーターの回転方向が制御され細胞遊泳に反映される.
シグナル伝達とその調節は受容体ならびに細胞質の走化性(Che)タンパク質群が担っています(図1).大腸菌の走化性受容体(methyl-accepting chemotaxis proteins: MCPs)がシグナルを受け取るとMCPの細胞質領域に結合したヒスチジンキナーゼCheAがリン酸化されます.リン酸基をシグナル伝達タンパク質CheYが受け取り(CheY-P),これがべん毛の基部に結合するとモーターが時計回りに変化します2).大腸菌の走化性受容体群がMCPsと呼ばれるのは,その名のとおりメチル化によってシグナル出力,つまりCheAの活性状態を調節しているからです.受容体中の特定のグルタミン酸残基がメチル化・脱メチル化されて活性状態の変化が起こります.これはメチル化酵素CheRと脱メチル化酵素CheBが担っています.
セリン受容体Tsrには4箇所のメチル化部位があり遺伝暗号上はグルタミン(Q)及びグルタミン酸(E)残基となっています(Tsr (QEQE)).細胞内ではQ残基がCheBの脱アミド化作用によってE残基に変換された後,CheRとCheBの働きによってメチル化状態(Em)と脱メチル化状態(E)を行き来します(図2).

受容体とCheR・CheBによる受容体のメチル化.CheRとCheBは受容体C末端ペンタペプチドに結合し受容体のメチル化状態を変化させる.
受容体がオン状態になるとCheYだけでなくCheBもCheAからリン酸基を受け取り(CheB-P),受容体の脱メチル化を行ないます.この脱メチル化によって受容体はオフ状態へ移行します.逆にオフ状態の受容体ではCheRがメチル化を進行させ,再びオン状態へと導きます.このように大腸菌の走化性システムではCheR及びCheBのメチル化・脱メチル化によるフィードバック機構で走化性刺激に対する適応反応を行なっています.
MCPsはCheAと足場タンパク質CheWとともにクラスターユニットをつくっており,さらにこのユニットが規則的に並んだアレイを細胞極で形成しています.受容体アレイはアレイブリンキングという現象を起こすことがわかってきました3),4).これは刺激のない環境において細胞極に存在する複数の受容体分子が自発的に活性化と非活性化を繰り返す現象と考えています.このアレイブリンキングにより細胞内CheY-P濃度が細胞質全体で変化するためべん毛の回転方向転換が同調(スイッチング同調)するというモデルを私たちは提唱しています.スイッチング同調が定常状態における細胞遊泳の直進と方向転換を引き起こしており,大腸菌が環境探索する範囲の可能性を広げていると考えられます5).本稿ではこのスイッチング同調から,定常状態でのアレイブリンキングが適応システムであるMCPのメチル化と適応反応を担うCheR・CheBの結合(または相互作用)に起因していることを説明します.
私たちは「同一細胞上の2本のべん毛に付着させた微小ビーズの回転」を計測することで,べん毛モーター同士のスイッチング同調を観察しています3).
今回,全ての走化性受容体,CheR及びCheB遺伝子の欠損菌株を用い,プラスミド1から受容体Tsr(またはTsr変異体)を,プラスミド2からCheRとCheB(またはそれらの変異体)を発現させました.2本のべん毛それぞれに付着したビーズの回転速度変化(図3左,青・黒)と両者のスイッチング相関(図3右)を示します.相関解析ではモーター同士のスイッチングのタイミングが同調すると0秒付近にピークが現れます.

べん毛モーターのスイッチング同調計測.a-d)細胞の表現型.左)同一細胞上の2つのべん毛モーターの回転速度の時間変化.正の速度はCCW,負の速度はCWを示す.右)2モーター同士のスイッチングタイミングの相互相関解析結果.
野生型Tsrを発現する細胞内にCheRとCheBが存在する時はスイッチングが同調しましたが,ないと同調しませんでした(図3a, b).つまりこの2つの酵素がモーター同士のスイッチング同調に必要なことを示しています.
次に酵素活性を不活化した変異体CheR(H53A)とCheB(H190Y)6)で計測したところスイッチング同調は見られませんでした(図3c).また,CheRとCheBが相互作用する受容体のC末端ペンタペプチド配列(NWETF配列)の有無についても検討した結果,このNWETF配列がスイッチング同調に必要なことがわかりました(詳細は文献5を参照).これらの結果から,NWETFとCheR及びNWETFとCheBの相互作用,さらに両者の酵素活性がスイッチング同調に必要なことがわかりました.
CheBは被リン酸化ドメインと酵素活性ドメインがリンカーでつながった構造をしています.CheBの被リン酸化ドメインを欠失させ酵素活性部位だけにしたCheBcとCheRでも同調が見られました(図3d).スイッチング同調に必要なのはリン酸化ではなく酵素活性そのものであることがわかりました.
最後に受容体のメチル化状態の変化が必要かを調べました.野生型Tsrの4箇所のメチル化部位(QEQE)をアスパラギン(N)及びアスパラギン酸(D)にすると(Tsr(NDND)),CheA以下へのシグナル伝達機能は保持しながらもCheRとCheBの作用は受けない(メチル化レベルが変化しない)ことが報告されています7).そこでTsr(NDND)発現細胞を計測したところ,CheRとCheB存在下においてもスイッチング同調は観察されませんでした.また,野生型TsrのQ残基はメチル化されたEm残基を模倣することが知られています.Tsrのメチル化部位(QEQE)についてメチル化レベルの変化を再現できる様々なQEパターンを計測したところ,いずれもCheRとCheB存在下ではスイッチング同調が見られたのに対し,CheRとCheB非存在下ではスイッチング同調が見られませんでした(これらの詳細は文献5を参照).
以上の結果から,CheRとCheBの受容体への結合,そしてCheRのメチル化活性とCheBの脱メチル化活性による受容体のメチル化レベルの変動が大腸菌べん毛モーターのスイッチング同調に必須であることが明らかになりました.一連の反応モデルを図4に示します.適応酵素CheRとCheBは受容体のメチル化状態のゆらぎを引き起こし(図4a),それによって受容体アレイがオン状態とオフ状態を行き来する(図4b)ことでアレイブリンキングが起きていると考えられます.このアレイブリンキングはCheY-P産生の変動を起こし(図4c),これにより大腸菌べん毛モーターが同調的に反転すると考えられます(図4d).

受容体アレイの自発的活性化のモデル図.
定常状態での大腸菌のべん毛モーターは数秒から十数秒の間隔で回転方向転換を行ないます.私たちの結果はこの時間スケールで受容体メチル化レベルの変動が起きていることを示しています.そして大腸菌は,そのメチル化レベルの変動に起因した受容体アレイのブリンキングにより細胞内CheY-P濃度の変動を生じさせ,べん毛モーター回転方向を同調制御し,細胞の直進遊泳と方向転換を調整しています.これは生理的に適切なものだと私たちは考えています.なぜなら,細胞は泳ぎながら化学物質の時間変化を感知するために数秒の「記憶」しか持たず,これ以上はブラウン運動によって移動方向がランダムになってしまうからです8).
最近,中国のグループが私たちと同様の計測を行なった結果を報告しており,細胞内CheY-P濃度変化はパルス状の速いものとメチル化に由来する遅いものがあるという結論を論じています9).一方で,べん毛モーターの動きは同調するもののアレイブリンキングによるCheY-P濃度変化では説明できない例もあります10).細菌種とその環境により異なる最適化は周囲の環境を探索するためのしくみなのでしょう.