生物物理
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「転写ハブ」の形成を介した転写バースト制御
川崎 洸司深谷 雄志
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2024 年 64 巻 4 号 p. 199-201

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Abstract

ゲノム中のエンハンサー領域には転写因子やコアクティベーターが呼び込まれ,標的遺伝子の転写が制御される.今回,新たに構築した超解像ライブイメージング系より,エンハンサーを足場とする転写因子の局所的な集合・離散が,転写バーストと呼ばれる転写活性の揺らぎを生み出す主要な要因であることを明らかとした.

1.  はじめに

DNAを鋳型としてRNAを合成する「転写」は,遺伝子発現における最も基本的な調節段階の一つである.真核生物の転写制御の中心的な役割を担うのはエンハンサーと呼ばれるゲノム中の調節領域である.1980年代初頭にエンハンサーが発見されて以来1),エンハンサーがどのようにして標的遺伝子に作用し,転写を誘導するのか,その基本的な制御機構の探索が世界中で繰り広げられてきた.一方で,ここ数年の間に古典的な転写制御様式を覆すような知見が急速に蓄積されつつある.たとえば,一細胞ごとの転写活性をライブイメージング解析により経時観察すると,転写は活性化状態と不活性化状態の間を随時遷移し,数分単位で素早く揺らいでいることが明らかとなってきた.このような転写活性の不連続性の揺らぎは「転写バースト」と呼ばれ,細菌から高等真核生物にまで幅広い生物種で観察されている2)-4).しかし,この転写バーストが引き起こされる詳細な分子メカニズムについてはまだ十分には理解されていない.

本稿では,我々が最近報告したショウジョウバエ初期胚を用いたライブイメージング解析の結果を中心に5),転写バーストというダイナミックな生化学反応を制御するエンハンサーの作用機構に関する新たな知見を紹介したい.

2.  エンハンサーを介した転写制御モデル

エンハンサー領域には多くの配列特異的な転写因子やメディエーターなどのコアクティベーターが呼び込まれ,標的遺伝子の転写活性が緻密に制御されている.重要なことに,エンハンサーは標的遺伝子の上流・下流を問わず,標的遺伝子から数十から数百kbも離れてゲノム中に存在している.従来,エンハンサーは遺伝子のプロモーター領域との間でループ構造を形成することで転写を活性化すると信じられてきた(ルーピングモデル).しかし,近年の解析からはこれまでの画一的なモデルだけでは説明ができない柔軟な転写制御様式の存在が相次いで報告されている.マウスES細胞ではエンハンサーはプロモーターとの物理的な近接を伴わずに標的遺伝子を活性化できるという非常に興味深い結果が報告された6).ショウジョウバエにおいては複数の遺伝子のプロモーター同士が互いに近接し,一つのエンハンサーを共有し合うことで同時にその転写が制御されていることが明らかとなった7).これらの研究は,古典的な一対一のタンパク質間相互作用を介した数十nmレベルの物理的近接を伴うルーピングモデルだけでは説明できないエンハンサーの働きの存在を強く示唆している.

近年の高解像度なイメージング解析からは,核内で転写因子・コアクティベーターが局所的に濃縮され,300 nm程度の大きさのクラスター状に集積している様子が多数報告されている.こうした核内の微小区画が転写を促進する反応場,すなわち「転写ハブ」として機能し,エンハンサーとプロモーター間の機能的な相互作用を媒介する可能性が考えられ始めている(転写ハブモデル,図1).しかし,こうした転写因子・コアクティベーターのクラスター形成が,転写にとって機能的に重要なものであるのかどうか,さらには前述した転写バーストのような遺伝子発現動態の制御とどのような関係性にあるのか,その具体的な因果関係はわかっていないままであった.

図1

転写ハブモデル.

3.  転写因子および転写動態のライブ計測系の構築

私たちの問いは非常にシンプルで,「転写因子が核内で形成するクラスターと転写バーストとの間にどのような関係があるのだろうか?」というものである.これまでの研究のほとんどは固定した細胞で示されたものであり,クラスター形成と転写活性との間の時空間動態を直接対応付けて理解することは困難であった.こうした技術的制約を克服するためには,生細胞において転写因子の挙動と転写活性の変動をリアルタイムに計測する必要がある.そこで,私たちはショウジョウバエ初期胚を用いた転写のライブイメージング系と超解像顕微鏡技術を組み合せた新たな実験系を構築した(図2A).私たちは,これまでにもMS2システムを用いることで生細胞内の転写ダイナミクスを定量解析する技術を開発してきた.MS2システムはRNA結合タンパク質を利用した遺伝子発現解析技術であり,転写によって産生された新生RNAを顕微鏡下で蛍光輝点として直接可視化することができる.MS2システムの強みは,他の遺伝子発現解析手法では失われてしまう転写活性の時空間動態を単一細胞レベルでリアルタイムかつ経時的に捉えられることである.これにより転写が活性化されている瞬間のまさにその場所における転写因子の挙動を直接計測することができる.私たちは,実験系をよりシンプルにするために,MS2レポーター配列近傍にウイルス由来の転写活性化ドメインであるVP16タンパク質を結合させ,エンハンサーとしての活性を人為的に再構成した.これにより単一種類の転写因子の挙動とエンハンサー活性とを直接結びつけることに成功した.これらのレポーターカセットを保持するショウジョウバエ系統を作製し,得られた初期胚を用いてライブイメージング解析を行った.定量的な画像解析から得られた転写活性の経時的変化を図に示す(図2B).数分単位でON/OFFを繰り返す転写バーストの様子が確認できる.VP16というたった78アミノ酸の外来の転写活性化ドメインのみで,遠位エンハンサーが標的遺伝子からの転写バーストを引き起こすことができる点は興味深い.

図2

(A)ライブイメージング系の概要.(B)転写因子および転写動態の超解像顕微鏡解析の結果.文献5より改変.

次にVP16タンパク質に連結しておいたGFPタグを利用して,核内の転写因子の動態と転写バーストの様子を同時に可視化した.その際,高い空間解像度で核内の微小環境の性質を定量解析するために,Carl Zeiss社のAiryscan2システムを利用した超解像顕微鏡解析を行った.現在の超解像顕微鏡解析にはさまざまな手法が存在し,Airyscanシステムはpixel reassignment法に該当する.タイル状に配置された複数の検出器で,より多くの光を集めつつ超解像処理を行うため,蛍光タンパク質由来の微弱な蛍光を捉える必要のある生細胞イメージングに適している.超解像顕微鏡解析の結果,興味深いことに,転写バーストが発生した際に転写活性化部位に隣接してVP16タンパク質がクラスター状に集積する様子が観察された(図2B).VP16のクラスター形成のダイナミクスは転写バーストの経時変化と非常によく一致し,クラスター形成が転写バーストにわずかに先立って生じ,転写バーストの進行に伴って消失することがわかった.VP16クラスターと転写バーストの強度の間に強い正の相関が存在することから,こうしたエンハンサー上における転写因子のダイナミックな集合・離散が,転写バーストを生み出す主要な要因であると結論した.クラスター内のタンパク質分子数を概算したところ,およそ30分子ほどのVP16が濃縮されており,エンハンサー上の結合配列数よりも多くの転写因子が局所的に集合していることがわかった.エンハンサーはこうした分子の濃縮を介して転写を促進する核内環境,いわば「転写ハブ」をつくる足場として機能しているという新たな遺伝子発現制御モデルが提唱された.

4.  天然変性領域を介した分子クラスターの形成

転写因子のつくる局所的なクラスターの形成メカニズムをさらに探索するため,生体分子の天然変性領域(Intrinsically Disordered Region: IDR)を介した多価性相互作用に着目した.近年,多くの転写因子・コアクティベーターがタンパク質内部にIDRを有し,液-液相分離をはじめとした集合現象を介して分子の濃縮区画を形成することが報告されている8),9).そこで,転写因子にみられる代表的なIDRであるポリグルタミンのリピート配列(polyQ配列)をVP16タンパク質に付加し,転写活性に与える影響をライブイメージングより定量解析した.興味深いことにVP16に22回,42回のようにリピート回数の異なるpolyQ配列をそれぞれ付加した場合,リピート数に応じて段階的に転写バーストの強度や発生頻度が上昇していた.特筆すべきことに,エンハンサー上のVP16結合部位が少数であった場合に顕著にpolyQの促進的効果が観察された.本結果を踏まえると,エンハンサー上の転写因子結合部位が少数であった場合において,IDR間の多価性相互作用が分子の集合を助け合い,転写バーストの誘導効率の上昇に寄与しているものと考えられる(図3A).重要なことに,ショウジョウバエの初期胚発生においてモルフォゲンとして働く転写因子Bicoid(Bcd)のpolyQ配列数をゲノム編集により人為的に伸長させると,Bcdの標的遺伝子であるhb遺伝子からの転写バーストが異常に亢進され,結果的に個体の体節構造の破綻が観察された(図3B).転写因子の多価性相互作用を介したクラスター形成のしやすさは生体内では厳密に規定されており,個体発生における正確なエンハンサー活性の発揮に寄与していると考えられる.

図3

(A)天然変性領域を介したクラスター形成の亢進.(B)Bcdタンパク質のpolyQ伸長実験.文献5より改変.

5.  おわりに

ここまで,私たちのライブイメージング解析の結果5)を中心に転写因子の核内クラスターと転写動態との関連について紹介してきた.こうした「転写ハブ」の形成がエンハンサーを介した柔軟な転写制御機構において重要な役割を担っていることが強く示唆される.しかしながら,ごく素朴な疑問として「このような数百nmサイズの反応場が核内に形成される際に,周辺に存在する遺伝子を無作為に活性化してしまわないのだろうか?」という問いが生じる.また,転写因子の集合と離散という状態遷移をもたらす具体的な分子メカニズムも依然として謎のままである.転写因子が離散した状態からどのような過程を経てエンハンサー周辺に局所的に濃縮されるのか,あるいはなぜ一度形成されたクラスターは転写バーストの進行に伴って消失してしまうのだろうか? これらの問いの解明には,一分子計測や転写反応の進行に関わる分子群の多因子計測など,より詳細な解析を行う必要がある.さまざまなスケールでの観察結果が繋ぎ合わされ,エンハンサーを介した動的な転写制御機構が包括的に理解されていくことが期待される.

文献
Biographies

川崎洸司(かわさき こうじ)

東京大学定量生命科学研究所,日本学術振興会特別研究員-PD

深谷雄志(ふかや たかし)

東京大学定量生命科学研究所遺伝子発現ダイナミクス研究分野准教授

 
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