2024 年 64 巻 6 号 p. 299-302
主としてテラヘルツ分光法を用いてタンパク質の水和状態を調べることで,タンパク質から「弱く影響を受けた水」が折り畳み構造の安定化に深く関わることを明らかにしてきた.有機低分子(オスモライト)を添加すると水の状態が変化し,それが間接的にタンパク質の安定性を変化させることもわかってきた.

Importance of water in stabilizing the folded structure of proteins has long been well known thermodynamically. However, the understanding of the hydration water in protein stabilization at the microscopic molecular level has been insufficient. We have investigated the mobility of water around proteins by terahertz spectroscopy, comparing it with the thermodynamics and hydrogen bonding structure, and have revealed that “weakly affected water” by the protein is deeply involved in the stabilization of the folded structure. We have also shown that small organic molecules (osmolytes) indirectly contribute to protein stabilization/destabilization by changing the state of water.
多くのタンパク質は水中で決まった折り畳み構造を持つことで機能を発現しているが,どのようなメカニズムでその構造が安定化されているのかはいまだに十分に理解されていない.古くから熱力学的にこれを理解する試みがなされてきた.その結果,タンパク質の折り畳み状態(天然状態)と,折り畳み構造が崩れた状態(変性状態)の自由エネルギーバランスには,タンパク質自身の分子内相互作用やエントロピーだけではなく,周囲に存在している水に関わる相互作用やエントロピーが大きく関与していることがわかっている1),2).特に最近の詳細なエネルギー解析の結果から,水とタンパク質の相互作用によって変性状態が大きく安定化され,その際には水のエントロピーが低下すること,および,水とタンパク質の相互作用に起因したエンタルピーが低下することが示されている2).すなわち,水が変性状態のタンパク質と水素結合を形成することである種の“構造化”が起こり,その結果,運動が束縛されることが,変性状態の自由エネルギーを低下させる役割を果たしている(水がいない時よりも変性しやすくなる)と考えられる.
しかし,これらの理解はマクロな熱力学のレベルでしかなく,ミクロなレベルでタンパク質周囲の水(水和水)が変性に伴ってどのように変化しているのか,水のどのような物性が安定化に関わるのかについては十分にわかっていない.
一方で,タンパク質溶液に尿素などの様々な有機低分子(オスモライト)を添加すると,タンパク質の安定化度は変化し,変性しやすくなったり,しにくくなったりする.しかし,それら効果を統一的に理解する機構は十分わかっておらず,これまで主に二つの説があった.一つはタンパク質とオスモライト分子の相互作用に関わるものであり,変性効果の大きな分子ほどタンパク質と強く相互作用するが,安定化効果の大きな分子はタンパク質から離れて存在し(Osmophobic effect),タンパク質周辺には水が主として存在することで安定化されるという考え方である.もう一つの説が水に関わるものである.すなわち,オスモライト分子が水のネットワーク構造や運動性を変化させることがタンパク質の安定性に影響するという考え方である.しかしどちらが本質的であるのかはこれまでわかっていなかった.
そこで我々は,テラヘルツ分光法という手法を中心に,赤外分光法や熱測定を相補的に用いて,タンパク質やオスモライトの水和状態を多角的に観測し,これらの問題に迫ってきた.
テラヘルツ分光法とは,テラヘルツ周波数(1012 Hz)領域の光を用いた分光法であり,その逆数のピコ秒(10–12 s)領域の分子運動を測定できる.この領域には水のいくつかの運動が含まれる.我々が観測を行っている0.3~3 THz領域には,低振動数側から,水の集団的な回転緩和運動,水素結合ネットワークから過渡的に離脱した孤立水分子の緩和運動(ただしその帰属はいまだに議論の的となっている),水素結合ネットワークを作った水の分子間伸縮振動や変角振動などが存在している.特に,水の集団的な回転緩和運動に関する誘電損失がもっとも大きいため,その変化から水和状態を評価することができる.水が溶質と相互作用し水和水となると,緩和運動が変化するので,我々は,変化した成分の量から水和量を定量している.より具体的には,水和量の定量は系内のバルク水の減少量から算出する.テラヘルツ領域ではバルク水の集団的回転緩和のシグナルは観測できるが,水和水となって運動が遅くなると,そのシグナルは低振動数側にシフトするため,テラヘルツ領域では観測できなくなる.そこで,テラヘルツ領域で観測されるバルク水のシグナルの減少量が水和水量と一致するとして,水和量の決定を行っている.ただし,後述するように,場合によっては水和によって水の緩和運動が速くなることもある.その場合の正確な解析法は確立されていない.我々は現時点では,緩和運動が遅くなる場合と速くなる場合で同じ指標で評価するために,水和水が束縛された場合と同じ解析法を用いている.すると,緩和が速くなる場合の水和量は負の値となる3),4).
テラヘルツ分光のほかにない特徴として,溶質表面での長距離に渡る水和を観測できる点がある.例えばリン脂質膜の場合,NMRや熱測定によって定量されてきた水和層は表面1層程度であったが,テラヘルツ分光では4~5層程度になる5),6).このことは,前者の手法では表面に直接水和した「強く束縛された水」のみが観測されているのに対し,テラヘルツ分光では,その外側に存在すると思われる「弱く影響を受けた水」まで含めた水和量を測定できていることを意味すると考えられる.なぜ「弱く影響を受けた水」まで含めて定量化できるのかはまだ十分にわかっていないが,テラヘルツ分光では主に水の集団運動の変化を見ていること,ピコ秒領域のわずかな運動の変化を見ることができるということに起因すると考えられる.
また面白いことに,「弱く影響を受けた水」まで含めて水和水の運動を観測すると,溶質による水和効果によって水の緩和運動が遅くなるだけでなく,速くなることもある7).これはより表面近傍の「強く束縛された水」における水の束縛の強さによって変わる.つまり,表面近傍の「強く束縛された水」が溶質に強く束縛されると,その外側にある「弱く影響を受けた水」同士の水素結合が破壊され,回転運動がしやすくなる8)(図1).回転緩和運動が速くなった水は,いわゆるハイパーモバイル水9)と呼ばれてきた水と同等のものであると考えられる.実際にリン脂質膜を用いて水和の違いを見ると,より親水的な脂質表面では水の緩和運動が速くなることがわかっている.さらにこれらの脂質膜を薄膜化し,周囲の湿度を低下させていくことで脱水和を行うと,水の緩和が速くなった脂質では脱水和が容易に進行して膜の融合が進みやすくなることがわかっている7)(図1).これは,水同士の水素結合が破壊されたことで脱水和が進みやすくなったと解釈できる.溶質と水の直接的な結合が比較的弱い場合には,水同士の水素結合が増加することで,表面から2層目以上においてもバルク水に比べて運動の遅くなった水が存在することになる8).

リン脂質膜の水和水における親水基依存性.PE脂質(左)では水の集団的緩和運動が加速され,容易に脱水和が進むが,PC脂質(右)では水は束縛され,膜融合が起きにくい.(文献8より許可を得て改変ののち転載)
後述するように,束縛だけではなく,緩和運動を速くするという水和効果はタンパク質の構造安定化にも重要な役割を持つ.このような「弱く影響を受けた水」まで含めた水和をin situで観測できるのが本手法の強みである.
我々はモデルタンパク質としてBSAを用いて,熱変性に伴う水和状態変化をテラヘルツ分光を用いて調べた6).天然状態(60°C以下)では表面に束縛された水和層が3層ほど存在するが,昇温とともに減少した.これは水の熱運動が大きくなったことによると考えられる.さらに約60°Cでの熱変性とともに,水和量は増加することがわかった(図2).

(上)テラヘルツ分光法で求めたBSAの水和量nTHzおよび熱測定で求めた不凍水量nDSC.いずれもBSA 1分子あたりの水分子数.(下)変性に伴う水和状態の変化の模式図.(文献6より許可を得て一部改変ののち転載)
一方で,熱測定を用いて,溶液を冷却した際の水の凍結融解挙動から,不凍水量も見積もった.高濃度のBSAは一度変性すると凝集し,冷却しても脱凝集しないため,一度昇温し変性させた後に冷却し,不凍水量を測定すると,変性状態の不凍水量がわかる.昇温した際の温度ごとに不凍水量をプロットしたのが図2の赤点である.熱変性とともに不凍水量は減少することがわかる.不凍水は,タンパク質に「強く束縛されている水」だと考えられている.実際に,テラヘルツ分光で得られた水和量よりも少ない量の水が不凍水量として定量されている.
テラヘルツ分光と熱測定の結果をあわせると,変性とともに「強く束縛された水」は減少し,「弱く影響を受けた水」は増加すると言える.さらに赤外分光法によって水のOH伸縮振動の変化を観測すると,変性とともに水素結合したOHが増えることがわかった.このことから,変性状態では,水同士の水素結合が増加することによって水分子がお互いを束縛しあい,それが「弱く影響を受けた水」の増加となって表れていると考えられる.
先に述べた通り,過去の熱力学的な研究から,変性状態では天然状態よりも水が構造化されており2),その違いが系の自由エネルギーに大きく影響していることが示唆されてきたが,今回の我々の結果から,この構造化された水はテラヘルツ分光で観測された「弱く影響を受けた水」であることが考えられる.さらにその起源は,タンパク質との結合が強くなるというよりも,水同士での水素結合が増えることによると考えられる.タンパク質は変性すると,内部の疎水領域をある程度水にさらすことになる.変性状態で観測された「弱く影響を受けた水」は,疎水鎖の周辺に生まれる,いわゆる疎水性水和をした水である可能性が高い.古くから,疎水性水和は水同士が水素結合によって構造化する(ice-berg構造)ことによると言われてきたが,テラヘルツ分光ではこれが観測されている可能性が大きい.すなわち,疎水性水和がタンパク質の自由エネルギーバランスに大きな寄与をしている(疎水性水和のおかげで変性状態の自由エネルギーが大きく低下している)可能性が大きい.
ここまでの結果から,タンパク質に「弱く影響を受けた水」がタンパク質の安定性を決定づけている可能性が見えてきた.そこで次にオスモライトの影響を水和の観点から調べた.我々は,タンパク質を含まないオスモライト水溶液を用い,15種類のオスモライトについて,水に対する効果をテラヘルツ分光法で調べた3).すると,TMAOや糖類など,タンパク質の変性温度を上昇させるオスモライトでは水の運動を束縛するのに対し,変性剤として知られる尿素やグアニジン塩酸塩は水の緩和運動を速くすることがわかった.そこで,これらのオスモライトを添加した際の変性温度の変化をRNase Aを使用して調べ,水の運動の変化と比較したものが図3である.比較的よい相関が見て取れる.すなわち,水の運動を束縛するオスモライト(束縛する水の量が多い)ほど,タンパク質の変性温度を上げて天然状態を安定化させるのに対し,水の運動性を上げる(集団的な緩和運動を速くする)オスモライトはタンパク質を不安定化して変性温度を下げる働きを持つということを意味している.これまでこのように多くのオスモライトの効果を統一的に比較した研究はほとんどなかったが,本結果でよい相関が見られたということは,オスモライトのタンパク質への効果が,水の状態変化を介した間接的なものが主体となっている可能性を強く示唆している.もちろん,場合によっては直接的な相互作用がある場合もあるであろうが,その場合も水を介した効果との複合的な効果になっているのではないだろうか.

テラヘルツ分光法で求めたオスモライト溶液中の水の束縛の度合いnhyd(正の場合にはこの値がオスモライト1分子あたりの水分子数となる.負の値は緩和運動が純水よりも速いことを意味する)と,そのオスモライトを添加した際のRNase Aの変性温度の変化.青は双イオン性分子,赤は糖,緑は変性剤を表す.実線は線形近似の結果であり,相関係数は0.87であった.(文献3より許可を得て転載)
さらにオスモライト水溶液について,MDシミュレーションを用いて水の運動性の変化の起源を調べたところ,水の回転運動が遅くなる場合には,水同士の水素結合確率が増大していたのに対し,回転運動が速くなった場合には水同士の水素結合確率が純水の場合よりも低下していた10).前者については,水同士の水素結合が増加したことで,水同士の束縛が強くなり,運動がしにくくなった一方で,後者はその逆で,水素結合が純水中よりも減ることで運動しやすくなったものと考えられる.特にこの運動性の違いが大きく生まれるのは,オスモライト表面から2層目以降の水である.
水の運動性と水素結合構造のどちらが本質的にタンパク質の安定性を決定づけているのかはまだわからない.水の運動性の変化によりタンパク質自身の運動性や水和状態(特に「弱く影響を受けた水」の量や運動性)も変化し,それによって折り畳み構造の安定性が変化している可能性などが考えられるが,まだ推測の段階にあるため今後の研究が待たれる.
ここまで述べた結果から,タンパク質の折り畳み構造の安定性には,表面から数層に渡って存在する「弱く影響を受けた水」が大きく関与していることがわかってきた.またオスモライトによって安定性が変化するのは,この水の状態をオスモライトが変化させるからであると考えられる.さらに最近では,強いテラヘルツ光の照射によって,タンパク質の水和状態を変調させることができ,それがより安定化した構造へと構造が緩和する際のトリガーとなりうることもわかりつつある11).これは「弱く影響を受けた水」の運動の一部が励起されることで,疎水ポケットの水和が促進されることになるのであろうと考えている.すなわち,「弱く影響を受けた水」を制御することでタンパク質の構造安定性を制御できる可能性があるといえる.
同様の考え方は,タンパク質だけでなく,脂質膜や高分子などの物性でも重要になってくる.すなわち,膜やミセルの構造形成や熱応答性などには「弱く影響を受けた水」の状態が深く関わることもわかってきている4),7).このような長距離に渡る水和状態を調べるのにはテラヘルツ分光法は非常に強力である.今後,「弱く影響を受けた水」の役割の理解がより広く進むことが期待される.