2025 年 65 巻 2 号 p. 70-73
接着斑はアクチン細胞骨格と細胞外の足場(基質)を連結するが,動き続けるアクチン構造の動力を,どのように足場に伝達するのかは不明であった.本稿では,ごく一部の接着斑分子タリンが確率的に起こる結合によりアクチンと足場を連結し,流動力により引っ張られて解けることで動力を伝える,新しい力伝達機構を紹介する.
細胞は,接着斑と呼ばれる接着装置を介して細胞外の足場(基質)とアクチン細胞骨格を連結する.接着斑では,接着分子インテグリンが細胞外で足場と結合し,その細胞質側では多様な接着斑タンパク質を介してアクチン線維と連結する.アクチン細胞骨格は,重合またはミオシンとの相互作用により細胞内で力を発生するダイナミックな構造体である.接着斑では,アクチン線維の牽引力が,接着斑タンパク質とインテグリンを介して細胞足場に伝達される.
一般的に,アクチン線維は静的な結合により接着斑に繋ぎとめられていると考えられている.一方,われわれは細胞内蛍光アクチン1分子イメージングにより,接着斑に連結されているはずのアクチン線維が,求心性アクチン流動により絶え間なく細胞中心に向かって流動していることを,先行研究で明らかにした1).接着斑タンパク質は,どのように流動し続けるアクチンを細胞足場に連結し,流動力を伝達するのだろうか.このことは既存の概念では説明できていなかった.そこで,われわれはダイナミックなアクチン細胞骨格を細胞足場に連結する機構の解明に取り組んだ.
主要な接着斑タンパク質であるタリン(talin)はインテグリン結合部位とアクチン結合部位を持ち,インテグリンとアクチンを直接架橋する2).また,タリンのインテグリン結合部位とアクチン結合部位の間には,αヘリックスの束からなる構造(サブドメイン)が連なったタリンロッドドメイン(talin rod domain)が存在し,引っ張ると各サブドメインのαヘリックスがアンフォールドして伸び,離すとリフォールドする性質がある3),4).われわれは蛍光単分子スペックル顕微鏡により,培養細胞内でタリン分子を観察した.この手法では,蛍光標識タンパク質を極低濃度で発現する細胞を対象にタイムラプス解析を行う5).細胞内構造に会合した蛍光標識分子は自由拡散を止めて留まり,安定してシグナル(蛍光)を放出するため,明るい点状の単分子スペックル(SiMS: Single-Molecule Speckle)として画像化される.
XTC培養細胞(ツメガエル由来)内でEGFP融合タリンSiMSを観察すると,ほとんどのタリン分子は,基質に連結して停止しているか,アクチン線維に結合して流動しているかの2種類のふるまいに大別できることがわかった6).また,低い頻度で,停止状態と流動状態の間でふるまいを切り換えるタリンSiMSが観察された(図1).
(a)細胞内タリンSiMSイメージング(緑色).(b)タリンSiMSの代表的な分子挙動.停止(Stationary),流動(Flowing),停止と流動の間での切り換え(Switching)を示すタリンSiMSが観察された.文献6の図を改変して転載.
アクチン線維は20~40 nm/秒の一定速度で流動し続けているので,タリンによるアクチンとインテグリンの連結は,タリンが停止と流動の間でふるまいを切り換えるタイミングで一過的に起こるのではないかと考えた.
そこで,EGFP標識タリンSiMSを10フレーム/秒で撮影後,ガウシアンフィッティングを応用したナノスケール分子追跡解析を行った.その結果,アクチンと基質を連結するタリンが,アクチン流動の方向に伸展する構造変化(~140 nm)を捉えることに成功した(図2a).N末端側,あるいは,C末端側にEGFPを融合したタリンについて,それぞれナノスケール分子追跡解析を詳細に行い,アクチン流動方向へのタリン分子の伸展を明らかにした.これらの分子追跡解析の結果から,タリンSiMSが,流動するアクチン線維と基質の間を,アクチン流動に引っ張られてアンフォールドしながら一過的(平均1.47秒)に連結する機構(図2b)を明らかにし,elastic transient clutchと名付けた6).さらに,1分子動態の統計解析により,タリンによるアクチン線維と基質の連結・解離キネティクスを明らかにした(図2b).
(a)タリン分子のアンフォールディングを示すナノスケール挙動の例.(b)タリンのelastic transient clutch による連結キネティクス.文献6の図を改変して転載.
接着斑に局在する大部分のタリン分子はインテグリンとアクチン線維を静的に架橋していると考えられてきた.一方,われわれの1分子可視化キネティクス解析では,驚くべきことに,アクチン線維と基質の間を連結して流動力を伝達するのは,わずか4.1%のタリンSiMSであることが示唆された(図2b).
本研究で見出した,ごく一部のタリンが流動するアクチンと基質を架橋する連結様式では,タリン1分子あたりにどの程度の力がかかるのだろうか?まず,細胞のタリン濃度(3-5 μM)とXTC細胞の細胞容積から,1細胞あたりのタリン分子数は1.2 × 106 – 2.1 × 106と推定される.われわれの計測により約6.4%のタリン分子がスペックル状態にあることから,アクチンと基質を架橋するタリン分子数(全タリンスペックルの4.1%)は1細胞あたり3300-5400と推定された.アクチン構造と基質の連結にかかる力は,タリン発現抑制細胞と正常細胞のアクチン流動速度の差から推定した.これらの結果よりわれわれは,タリン1分子あたりにかかる力は13~22 pNと推定した.この力の強さは,インビトロでのタリンロッドドメイン(13のサブドメインを含む)1分子伸長実験4)で示された各サブドメインのアンフォールドを引き起こす力(5~25 pN)と合致する.
本研究では,大部分のタリンSiMSは,アクチンか基質のどちらか一方のみに結合し,両者を架橋していないことを明らかにした.これらの大部分のタリン分子は,一見サボっているように思われる.しかし,確率的に起こる一過的な連結(elastic transient clutch)を補償するために,どちらかの構造に結合している大部分のタリンが連結の前段階として必要なのだろう.
タリンロッドドメインのアンフォールディングは,接着斑においてメカノセンサーとして機能するモデルが提唱されている3),7).このモデルでは外力によりタリンロッドドメインがアンフォールドすると,折り畳み構造のために隠れていたビンキュリン結合サイトが露出する.ビンキュリンはアクチン線維と結合するので,アンフォールドしたタリンロッドドメインへのビンキュリンの結合は,接着斑でのアクチン連結を増強すると考えられてきた.
一方,われわれは,タリンはアンフォールドにより連結時間を延長することで,異なるスピードで動く2つの構造間の連結を促進するのではないか?と仮説を立てた.これを検証するため,タリンロッドドメイン変異体の機能解析を行った.タリン変異体は,タリンロッドドメインの大部分を欠失した変異体と,欠失変異体にスペクトリンリピートを挿入したキメラ変異体を用いた(図3).スペクトリンリピートはインビトロでの1分子伸長実験において20~40 pNの牽引力でアンフォールドすることがわかっている8).タリンノックダウン細胞に図3に示した各タリン変異体を発現させ,発現抑制の表現型を回復させるかどうか調べた.タリンノックダウン細胞ではアクチン流動速度が正常細胞よりも速い.これは,タリンによるアクチンと基質の連結が発現抑制により減弱したためと考えられる.それぞれの変異体をタリンノックダウン細胞に発現させ,アクチン流動速度を調べた.その結果,スペクトリンリピートとアクチン結合部位(ABS2)を両方持つ変異体(キメラ変異体+ABS2)のみが,正常タリンを発現させた場合と同程度にアクチン流動速度を抑制した(図3).これらの結果より,タリンロッドドメインはスペクトリンリピートと代替可能であり,さらに,スペクトリンリピートとアクチン結合部位の両方が連結に必要であることがわかった.従って,タリン分子にアクチン線維が結合してアクチン流動力がかかることと,流動力によって分子の一部がアンフォールドすることが,動き続けるアクチンと基質の連結に必要かつ十分であることが明らかになった.
タリンロッドドメイン変異体の機能解析.バネ様の性質を持つスペクトリンリピートはタリンロッドドメインを代替できる.また,アクチン結合部位が連結に必要である.文献6の図を改変して転載.
次に,数理モデル解析により,タリンのelastic transient clutchにおけるサブドメインのアンフォールディングの効果を調べた.その結果,タリン分子のアンフォールドできるサブドメイン数が5程度まで増えるにつれて連結時間が長くなり,流動力の伝達が増大することが示された(図4).興味深いことに,インビトロでの1分子伸長実験において,アンフォールドしやすい(15 pN以下の牽引力でアンフォールドする)サブドメイン数も12サブドメインのうち5である4).タリンロッドドメインは,アンフォールディングによる力伝達に適するように分子進化したのかもしれない.
数理モデル解析により,アンフォールドできるサブドメインが1つでもあると,アクチンとインテグリンを架橋する連結時間が長くなり,流動力の伝達が増大することが示された.文献6の図を改変して転載.
これらの結果より,タリンは流動するアクチン線維と基質の間を連結し,流動力に引っ張られてアンフォールドすることでアクチンと基質の間の連結を持続し,流動力の基質への伝達を促進することを明らかにした.
外力によってアンフォールドする分子の機能は近年注目を集めており,外力の衝撃を和らげる緩衝材となる働きと,外力による伸展に依存して結合パートナーとの親和性やリン酸化状態を変化させることで外力を伝えるメカノセンサーとしての役割が主に提唱されている9),10).本研究では,上記2つの役割とは異なり,外力によって引き伸ばされる分子の性質が動力の伝達を促進する新しい役割を見出した.
本研究では,異なるスピードで動く2つの構造をタンパク質が連結し,力を伝達する仕組みを明らかにした.すなわち,ごく一部のタリンが,確率的に起こる結合により流動するアクチンと基質の間を連結し,連結したタリンは流動力に引っ張られてほどける(メカニカル・アンフォールディングする)ことでアクチンと基質の間の連結を持続し,流動力を基質に伝達することを明らかにした.私たちの生活するスケールでは,動力は歯車などの固い部品によって伝達される.一方,細胞の中では,伸縮する柔らかい分子が力を伝えていた.もしタンパク質が人間の大きさとすると,流動するアクチン線維は時速50 kmで走る電車に相当する.本研究では,タンパク質がゴム人間のように伸びながら電車を掴んで地面に力を伝える新しい力伝達様式を明らかにした.細胞内の多様な構造や分子はダイナミックに動きまわっており,本研究で見出したタリンのelastic transient clutchに似た機構で,架橋タンパク質はアンフォールドすることにより動力を構造間で伝達しているかもしれない.
本研究で示したように,細胞内1分子顕微鏡は細胞内外を伝搬する目には見えない「力」を分子の挙動から直接捉えられる強力な手法である.われわれは,細胞内1分子顕微鏡を駆使して,細胞内外で力を伝達する分子機構や,分子に対する力の影響のさらなる解明を目指している.