2024 年 2 巻 p. 25-38
現在,日本で使用される内臓に関する解剖学用語は,そのほとんどが古代日本にもたらされた漢方医学で用いられていた用語を基本として,それらに,後に新たに日本で発案された「膵」や「結腸」などの造語が加わったものである.そうした漢語による内臓に関する用語が伝わる以前の古代日本で使用されていた大和言葉による内臓に関する語彙を収集した.ヒトの内臓の名称について,江戸時代の国学者である本居宣長は,彼の著書である古事記伝の中で,上代では内臓は全て「キモ」と呼ばれていたと主張している.しかし平安時代に編まれた倭名類聚抄には,既にいくつかの臓器にそれぞれ異なる日本固有の大和言葉(和名)の名称があり,これらは「からぶみ(漢文)」由来とは考え難い.本稿では,こうした内臓に関する大和言葉による語彙を古事記,日本書紀,万葉集などを含む日本の多くの古典的文字資料から収集した.特に平安時代や鎌倉時代に編まれたいくつかの古辞書からの訳語には多くの内臓に関する語彙を記載されており,それらをいくつかの器官系に分類した.そして主要臓器については,人体模式図との対応を行った.また内臓のうち,特に,心臓,肝臓,小腸,大腸などの大和言葉については,それらを用いて精神や感情表現を強調する用法が古代から存在しており,和歌の枕詞にもなっている.こうした観点からも考察を加え,古代日本人の内臓観を考察した.