抄録
『歌ことば歌枕大辞典』1において,「苔」は「湿地・岩・古木などに生える蘚類・苔類・地衣類およびシダ植物の総称」と解説されている.また,歌語「苔の衣」については,「僧侶や隠遁者が着る衣服.俗世を離れた修行者の衣が苔のように古びることに由来するとされる」とある.「苔のように古びる」とは如何なる状態を意味するのだろうか.意味が掴みにくい表現である.日本文学の研究においては,「苔の衣」は歌語としてあまりに有名でなじみがあり過ぎ,その成立の過程については顧みられることがなかったと言えよう.そこで,歌語としての「苔の衣」の成立の過程を考えてみたい.