石川県農業短期大学研究報告
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"HELP+(NP+)不定詞"の構文について
井東 廉介
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1987 年 17 巻 p. 52-68

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抄録

動詞'help'に続く補文の形態は15〜16世紀に用いられたthat一節を含めれば,可能な英語の補文の全てに及ぶ。現代英語ではその上不定詞補文の形態が'to'の有無による両形態となって共存する。形態が何らかの意味価値を担っているという観点からは,後続の補文形態を誘発する意味の多様な区別を'help'そのものか内包しているのではないかと考えてみるのは自然であるか,英語史的にそれを解明していく事は至難である。本論は不定詞補文の'to'の有無について,英語史的・意味論的に再検討を試みたものである。英語史的には'help'の不定詞補文か'to'を脱落させるのは,OEDの記述に代表されるように16世紀初め頃と考えられていたようである。しかし,不定詞の形態的変遷の趨勢に逆行するような上記の観察は誤解を招く恐れがある。Jespersenその他か実例をあげて述べているように,'help'の不定詞補文の形態は一般的な変遷の経過を一応たどっており,ME期には「原形」'to'及び'for to'付きのいずれも後続されていた。そのうち'for to'は一般的傾向に従って17世紀までしか用いられなかったのに対し,他の二形態か残った背景にはいずれの形態も意味論的に有意義なものを担っていたという実際的な存在価値があったからだと考えるのか妥当であろう。尤も原形の方は一旦英国ては衰え今世紀の初めには『方言または俗語』とされたか,間もなく米語用法からの逆輸入のような形で復活し,1960年頃口語体としての市民権が定着したものである。'help'の不定詞補文は元来'help'か行為動詞か状態動詞かによって,その統語的役割が違っていた筈である。現時点で'to'の有無を直接援助・間接援動という観点から分析するのは,行為動詞としての'help'の把え方から拡大されたものと思われ,その根底には'help'か援助を受ける行為者とその行為という二重の目的語を取り得る意味を一方で内包している事を前提としている事が考えられる。この場合,知覚動詞に見られるような,英語に古くから存在した統語構造に引かれて,原形を取る事は当然の成り行きであろうし,またこの構造の意味からも,被援助者(受益者)の行為に'help'が直接かかわる事は理にかなっている。他方,状態動詞としての'help'の補文構造は比論表現の無生主語と表層上は同じであり,'help'が受益者に働きかけて,その到達点として受益者の行為を誘発するという意味か,使役動詞型の構文(原形を誘発)や'enable'型の構文('to'を誘発)に引きつけられる一面を反映していると考えるのも一理ある。更に17世紀のみに用いられたthat節補文は,「論理主語(目的格)+述語(to不定詞)」(nexus関係)に引きつがれているとする可能性も残している。このような背景の中で'help'の不定詞補文を考察すれば,原形は意味論的には直接行為に関する型,知覚動詞型及び使役動詞型に,'to'付きは'enable'型,'nexus'関係型及び副詞的機能型に還元できる。米語に於ける原形の多用について注目すべ点は,'help'が行為者主語を取る場合や道具格主語を取る場合の構文的特性の他に,'help'よりも補文の方に意味の重心か移行し,主動詞'help'が主語に対する話者の心理的態度を述べるのみの,他動詞'know'かmodal anx,'can'へと変質して行った過程に類似した特徴を現わし始めている。Quirk et alの'A Comprehensive Grammar of English Languge'には主動詞と助動詞の中間的機能を持つ動詞が段階的に例示されているが,その中にはこの'help'は含まれていない。しかし,その中に含まれる最も助動詞傾向の少ない'hope','begin'よりも,米語に於ける「'help'+原形」の多用はその助動詞化傾向を強く示していると考えられる。

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© 1987 石川県公立大学法人石川県立大学
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