放送研究と調査
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「戦争体験画」とは何か
戦争画などとの比較から考える
井上 裕之
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2020 年 70 巻 3 号 p. 74-89

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抄録

NHKは、戦争体験者に自身の体験を描いてもらう「戦争体験画」募集のプロジェクトを、1970年代から、広島、長崎、沖縄、札幌の各放送局で、計6回実施し、4900枚余りの絵を集めてきた。これらの絵を、戦争を題材にした「戦争画」と呼ばれる他の絵画と比較すると、日時、場所、状況説明といった言語による付加情報が現実世界の固有のどこかを指しており、その点で、丸木位里・俊夫妻の描いた《原爆の図》とは異なることがわかる。また、第2次世界大戦で軍の委嘱を受けた画家が描いた「作戦記録画」や、過去のできごとをアニメーションで再現する「アニメーション・ドキュメンタリー」などと比較すると、戦争体験画は、描き手がその出来事に立ち会っているという点が異なる。言語学には、実際に見た事柄をそうでないものと区別して表現する「証拠性」という文法的カテゴリーがあり、戦争体験画もこの証拠性を有していると考えられる。そして、放送局は、取材によってこうした絵に付加情報を与えるという役割を担ってきた。テレビは、限られた映像を繰り返し使うことで画一的な戦争のイメージを伝えてきたが、戦争の多様な側面を視覚的に伝えられる点で戦争体験画は貴重である。絵は、あらかじめ撮影しようと思ってカメラを向けておくことが不可能な対象も描くことが出来る点で優位性があり、カメラ付きのスマホなどが普及した現代においても可能性を有する手段だと考えられる。

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© 2020 NHK放送文化研究所
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