抄録
本論考は、NHKで10年以上ドキュメンタリー番組を制作してきた元ディレクターが、現代においてオーディエンスに「刺さる」ドキュメンタリー表現とはどういうものかという問いを抱いて、真摯(しんし)に新しい表現形式を模索した経緯をつづったものである。
中心的に取り上げるのは、映像に対する音声の自立性を生かす手法だ。NHKのテレビドキュメンタリーの古典と呼べるような作品、また近年、海外で盛んに作られている「アニメーションドキュメンタリー」と呼ばれるジャンルの作品に、音声の自立性を生かした手法が共通していた。
1960~70年代に活躍したNHKの伝説的名手、工藤敏樹は「映すことのできない現実」に深い関心を抱いていた。工藤の番組では、単義的な意味での「決定的瞬間」というよりも、“映像と音のずれ”を生かした多層的な現実が表現されている。
またアニメーションドキュメンタリーでは、対象者の声を精力的に録音しつつも、あえて実写をしないことによって、対象者の記憶、心象風景などカメラに映らない“もうひとつの現実”を映像化することができるという。目に見える現実をわかりやすく伝える構成からは零(こぼ)れ落ちてしまいがちな、社会の周縁で不器用に生きる人々の内面世界に焦点を合わせなおす(refocus)ことができるのではないか。