日本物理学会誌
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日本の観測的宇宙論の黎明期―すばる望遠鏡超広視野カメラHyper Suprime-Cam計画 (解説)
高田 昌広
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2014 年 69 巻 3 号 p. 140-148

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抄録

「宇宙は膨張している」という宇宙の観測結果は,今では小学生の理科辞典にも当たり前のように載っており,すでに広く認識されている.「膨張する宇宙」の宇宙論の歴史は,1920年代後半にエドウィン・ハッブルら天文学者が,遠方の銀河が我々から遠ざかっているというハッブルの法則を発見したことから始まった.これは,宇宙は不変で定常的であると考えられていた当時の宇宙観・宇宙像を覆す大発見であった.実は,ハッブルらの発見以前に,宇宙膨張を予言する理論的研究があった.アルバート・アインシュタインは1915年に重力の理論である一般相対性理論を提唱したが,他の研究者らが一般相対性理論を宇宙に適用したところ,膨張する宇宙の解が存在することを見つけたのである.あのアインシュタインでさえも,動的な宇宙像を受け入れることができず,重力を打ち消し合う,実質的に万有斥力を引き起こす「宇宙定数」を方程式に導入し,静的な宇宙解を得ようとしていた.後に,ハッブルらの宇宙膨張の発見を受け,アインシュタインはこの宇宙定数の導入を生涯で「最大の過ち」として後悔したエピソードは有名だろう.しかし,宇宙膨張の研究史はこれで決着ではなかった.1998年のほぼ同時期に2つの独立な研究グループが,多数の遠方銀河で起きたIa型超新星の測定から宇宙膨張を調べたところ,約70億年前から宇宙が加速膨張に転じた,つまり宇宙の膨張がどんどん速くなっているという驚きの観測結果を報告したのである.この宇宙の加速膨張の発見を受け,ソール・パールマッター,ブライアン・シュミット,アダム・リースの3氏が2011年のノーベル物理学賞の受賞という銀河天文学史上初の快挙を成し遂げた.アインシュタインの一般相対性理論によれば,宇宙の膨張の歴史を測定することは宇宙に存在する全エネルギーおよび物質を測定することと等価である.宇宙の加速膨張は,物質の重力を凌駕する,万有斥力を引き起こす謎のエネルギー,「ダークエネルギー」で現在の宇宙が満たされていることを意味する.正体不明という意味で「ダーク」と呼ばれているが,皮肉にも80年の年月を経て,現代の宇宙論ではアインシュタインの宇宙定数が復活したのである.ダークエネルギーの正体は何か?宇宙の膨張とともに無尽蔵に増え続けるダークエネルギーに宇宙は支配され,宇宙はこのまま加速膨張を続けるのか,あるいは宇宙は終焉を迎えるのか?これらの疑問は,21世紀の宇宙論が解決すべき難問である.ダークエネルギーの性質の探求には宇宙観測だけが唯一の手段であるので,これを目的とした宇宙探査計画が世界中で計画されている.この宇宙探査には,できるだけ夜空の広い領域にわたり,より遠方にある暗い銀河までくまなく観測するという,言わば宇宙の「国勢調査」が必要になる.この世界の潮流に先駆けて,日本が誇る口径8.2mのすばる望遠鏡に超広視野主焦点カメラHyper Suprime-Cam(HSC)が本格始動した.今年2014年から5年間の計画で,すばる史上最大の宇宙探査を行うことになっている.ハッブル宇宙望遠鏡では1000年以上もかかる壮大な計画である.

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© 2014 一般社団法人 日本物理学会
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