日本物理学会誌
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宇宙加速膨張の謎に迫る―広視野銀河探査観測によるダークマター分布の計測―(実験技術)
宮崎 聡
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キーワード: 弱重力レンズ効果
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2014 年 69 巻 3 号 p. 149-156

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抄録

宇宙膨張が発見されたのは1930年代である.その膨張の速度は次第に減速するだろうと,長い間素朴に考えられていた.宇宙膨張の様子を決めるのは重力であるが,重力には引力しかないからである.ところが1990年代後半のIa型超新星の観測から,現在の宇宙膨張は加速しているらしいことが明らかになってきた.加速を実現するには,斥力を持つようなエネルギー(ダークエネルギーと名付けられた)が存在するか,重力法則を変更するかしなければならないが,いずれにせよ大発見であった.実際,この発見をしたチームには2011年にノーベル物理学賞が授与された.この問題を解決するには,宇宙膨張の時間変化を,これまでより詳細に調べる必要がある.いくつかの方法が提案されているが,なかでも,弱重力レンズ効果を用いた方法が最も有望であると考えられている.宇宙膨張と天体の形成の進行度の間には強い関係がある.宇宙膨張が速ければ,物質(そのほとんどがダークマター)が集まる時間がなく天体の形成は遅れる.一方,宇宙膨張が遅ければ,天体は速く形成される.このように,天体の形成の進行を計測すると,これを宇宙膨張の歴史に焼き直すことができる.ただし,天体のほとんどが,光を発しないダークマターで構成されているため,普通の観測方法では全貌は捉えられない.そこで,弱重力レンズ効果を用いる.ダークマターの集まり(つまり天体)があると,それより遠方にある銀河の像は,重力レンズ効果により変形を受ける.逆にこの変形量を調べることにより,ダークマターがどのように分布しているかを調べることができる.天空の広い領域で銀河を観測し,形状を計測,系統的な歪み情報を抽出して,前景にある天体の形成の進行度を調べ,宇宙膨張史を求める.これから「ダークエネルギーの強さと性質(どのように時間変化するか)」を推定することができる.この観測を実現するためには,数10億光年より遠方の暗い銀河を,広い天域で捜索し,その形状を精密に計測する必要がある.つまり,「大望遠鏡に搭載した高い結像性能を持つ広視野カメラ」が計測装置として必要で,すばる望遠鏡の主焦点カメラ(Suprime-Cam)はこの目的に最適であった.しかしながら,観測すべき天域の広さは1,000平方度以上,と見積もられており,視野が0.2平方度以下のSuprime-Camで掃天するのは,困難であった.そこで,高い結像性能は維持したまま,有効視野を7倍以上に拡大するHyper Suprime-Cam(HSC)を企画・設計し,開発を行ってきた.この観測は2014年2月より5年かけて行われる予定である.まず,ダークエネルギーの強さの時間変化があるかどうかを調べることが,この観測の目標である.変化するということは,その背景に新たな物理的な実体があることを意味し,現代物理学の体系を拡張する必要があろう.ダークエネルギーの性質をより詳細に調べるためには,さらに大規模な観測が必要となろう.理論的に強い指導原理がまだ確立されていない分野であるため,いろいろ手探りで進まざるを得ないが,逆にそこが新鮮でおもしろい.

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© 2014 一般社団法人 日本物理学会
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