日本物理学会誌
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最近の研究から
共有結合にとらわれた原子が液体中でどのように動くのか――共有結合性液体の高圧物性
大村 訓史下條 冬樹土屋 卓久
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2019 年 74 巻 9 号 p. 621-626

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抄録

液体中の原子は活発に動いている.「共有結合性液体」の興味深い点は,原子同士が共有結合という非常に強い結合で結ばれているにも関わらず,原子が拡散するという点である.実はこの「拡散するためには強い結合を切らなければならない」という原子拡散に関する制約が,共有結合性液体が液体ナトリウムなどの液体金属とは全く異なる高圧物性を示す要因となっている.では,どのようにして結合を切って,原子は拡散しているのだろうか.そして,その原子の動きが共有結合性液体の特異な高圧物性にどのように関係しているのであろうか.このような原子スケールの動きを追うにあたって,原子配置の時間発展とそれに伴う電子状態の変化を同時に追うことができる第一原理分子動力学シミュレーションが大いに力を発揮する.

まず,第一原理分子動力学シミュレーションによって明らかとなった液体B2O3の高圧下における原子の動きを紹介したい.液体B2O3はB–O間が強い共有結合で結ばれた典型的な共有結合性液体である.液体B2O3の拡散係数は液体金属とは異なり,加圧とともに増加する.原子が拡散する際,結合が簡単に切れないため,まず新しい結合を作り,あえて不安定な超過配位の状態を作る.その後,元々あった結合の一つを切って拡散する.このため,超過配位の状態を作りやすい高圧環境下の方が原子の拡散が起きやすくなる.しかし,その拡散係数はどこまでも増加するわけではなく,ある圧力で最大値を持ち,その後は液体金属と同様,加圧とともに減少する.しかし,この拡散係数が減少する圧力領域においても注目すべき特異な現象が起こる.減少の度合いがB原子とO原子では異なり,B原子は容易に拡散できるのに対し,O原子は拡散しにくいという「動的非対称性」が現れるのである.この原因は,超高圧下における,B原子とO原子の拡散機構の違いによって説明することができる.

また,拡散以外の共有結合性液体の特徴として,加圧に伴う半導体–金属転移という現象が挙げられる.このような性質変化を示す液体として液体Seが知られている.液体Seは常圧で強い共有結合を反映した鎖構造をとるが,圧力増加に伴い鎖が切れ,金属化が起こる.我々の研究から,金属化が起こったとしても,共有結合が完全に消失するのではなく,局所的には共有結合が存在していることが明らかとなった.この共有結合がピコ秒,サブピコ秒のオーダーで頻繁に組み変わるため,金属化したあとの液体Seは液体Naなどの典型的な液体金属とは全く異なる特異な構造を持つ.

このような共有結合性液体の高圧物性の解明は,物性物理学の範疇を越えて,地球科学の分野においても重要なテーマである.例えば,地球内部の地震波速度異常を説明することができる可能性の一つとして液体の存在が考えられている.通常,地球内部を伝搬する地震波の速度は地表からの深さが深くなればなるほど速くなる.しかし,地表からの深さが100~200 kmの領域においては地震波が異常に遅くなる.もしこの地震波速度異常の原因が液体の存在だったとしたら,なぜその深さに液体が蓄積されているのであろうか.その蓄積メカニズム解明には,まさに高圧下における液体物性に関する知見が必要となる.

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