日本物理学会誌
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最近の研究から
Quantics tensor trainに基づく多スケール時空仮説と場の量子論
品岡 寛村上 雄太野垣 康介櫻井 理人
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2024 年 79 巻 2 号 p. 68-72

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抄録

計算物理学は,物理研究において重要な役割を担っている.計算物理学では,桁違いに違う長さスケールが共存する現象を扱うことが多いが,この共存のため計算量が膨大になることがある.

長さスケールが定式化の段階で自明に分離可能な場合もあるが,往々にして,その共存が物理現象において本質的であり,容易に分離可能でない場合も多い.例えば,乱流は,非常に複雑な流れパターンを示す現象で,様々な長さスケールと時間スケールが一体となって現れるため,理論的な予測が難しいことが知られている.このような問題は様々な分野(例えば,宇宙ひもや乱流のシミュレーションなど)で見られ,幅広い長さスケールを同時に扱える計算理論の研究が続けられている.

同様の問題は,物性理論でも見受けられる.物質が示す多彩な物性は,理論的には多体シュレディンガー方程式を解けば定量的に予測可能なはずであるが,その計算量は粒子数に対して指数的に発散するため,厳密に解くことは現実的には不可能である.

そのため,元の多体量子系を近似して,有効的なポテンシャルや相互作用を含む少数系で近似することが一般的である.種々の摂動論や,密度汎関数理論に基づくバンド計算もその例である.

有効的なポテンシャルや相互作用は,多次元時空で定義された「相関関数」の1種である.系が複雑な内部自由度を持つ場合,長さ,時間スケールが幅広く分布する場合には,時空依存性の記述に対する計算・メモリ量の問題が深刻化し,有効少数系とはいえ精密に解くことが極めて困難になる.

相関関数は,実・虚周波数(時間)や空間に複雑に依存する.近年,「虚時間」依存性の圧縮に関しては,筆者である品岡と共同研究者によって,温度グリーン関数の「中間表現」が開発され,幅広いエネルギー幅を持つ系の場の量子論計算や第一原理計算への応用が進んでいる.しかし,この技術は虚時間表現の特殊性に依存しており,実時間や空間依存性など,一般の時空への拡張は困難であった.

そのような背景から,一般の時空依存性の圧縮表現の探索が重要であり,その潜在的なインパクトの大きさがうかがい知れる.近年,情報圧縮技術としてテンソルネットワークが広く注目されている.特に,quantics(quantized)tensor train(QTT)は,異なる長さスケールが共存する関数の圧縮に有効である.具体的には,長さスケール間の相関(エンタングルメント)の強弱に応じて,情報を圧縮する.

この数年,乱流の流体力学計算など,様々な物理分野において,QTTの応用が試みられている.特に,筆者らは,場の量子論計算に現れる多くの相関関数の情報圧縮が可能であること,フーリエ変換や畳み込みがテンソルネットワークの演算として効率的に実行可能であることを示した.つまり,原理的には,場の量子論計算を情報圧縮したまま実行可能である.

QTTは,最初に述べたような様々な計算物分野における問題を汎用的な枠組みで解決できる可能性を秘めている.そのため,汎用・効率的なアルゴリズム,オープンソースソフトウェア開発が世界的に始まっている.もし,読者が計算物理において,桁違いに異なるスケールが共存する現象に取り組んでいるなら,ぜひQTTに興味を持って欲しい.

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