日本物理学会誌
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79 巻, 2 号
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巻頭言
目次
解説
  • 金子 竜也, 太田 幸則
    原稿種別: 解説
    2024 年 79 巻 2 号 p. 54-62
    発行日: 2024/02/05
    公開日: 2024/02/05
    ジャーナル 認証あり

    物性物理学においては物質の構成要素である電子の振る舞いが重要であるが,時に電子の集合体は相転移を起こし秩序化することで高温相とは異なる状態をつくり出す.例えば,電子が有するスピン自由度の秩序として特徴づけられる強磁性状態は物質に磁性を生み出し,電子–電子ペアが成す超伝導状態への転移は物質の伝導性を大きく変化させる.相転移と秩序化は物性物理学の中心的課題の一つであると同時に,秩序化で創出された機能を活用することは応用科学の観点からも重要である.

    超伝導の基礎理論が確立した後の1960年代,ギャップの狭い半導体やバンドが重なった半金属を舞台として,電子とホール(正孔)のペアが成す秩序状態として理論的に提案されたのが励起子絶縁体である.バンド間のクーロン相互作用によって励起子絶縁体状態へと転移すると,半金属においてはギャップが開き,半導体においては価電子バンドと伝導バンドに変形を生み,高温相と異なる絶縁体状態となる.励起子的な電子–ホールペアに対する秩序変数である点やクーロン相互作用に直接的に起因する点が超伝導の場合とは大きく異なるが,秩序の安定性を議論するギャップ方程式などが超伝導理論と似た数学的構造を持っている.そのため,励起子絶縁体の秩序状態(励起子秩序)はフェルミオン対の凝縮と関連づけられて議論されてきた.しかし,理論が古くから存在する一方,研究対象となる良い物質が見つからなかったこともあり,励起子絶縁体の実験的な研究はあまり進んでこなかった.

    ところが,近年は実験技術の向上に伴い,いくつかの有力な候補物質が報告され,励起子絶縁体の物理も理論と実験の両面から議論できる時代となってきている.励起子秩序の可能性が指摘されていたTiSe2も詳細に調べられ,近年では1次元鎖が連なった構造を持つTa2NiSe5も候補物質として研究されている.また,高スピン状態と低スピン状態が競合するコバルト酸化物もスピン三重項型の励起子秩序が実現し得る舞台として興味が持たれている.

    励起子絶縁体の実証に関する議論では,Ta2NiSe5などの候補物質が相転移に格子変形を伴っているため,格子の寄与と励起子的な電子相関の寄与のどちらによって低温秩序相が実現するかといった問題に直面する.これは,両者が共にギャップ形成に関与できるため,バンド構造だけから寄与の違いを見出すのが難しいためである.このような系で重要となるのは,フォノンおよび励起子秩序の秩序変数に特徴的なダイナミクス,つまり集団励起の理解である.特に,励起子秩序の集団励起モードとフォノンモードは電子–格子相互作用を介して混ざり合うため,それらの混成モードの理解が相転移起源の解明で鍵となってくる.近年は,ポンプ–プローブ分光法などの非平衡状態を観測可能な手法も用い,相転移機構の解明に向けた励起子絶縁体物質のダイナミクスに関する研究が進められている.

    励起子絶縁体は秩序形成が対凝縮やBCS–BECクロスオーバーとも関連深く,凝縮系物理のエッセンスを多く含んだ系である.その上で電荷・軌道・スピンが複合的に絡み得る励起子絶縁体は,光励起や集団励起ダイナミクスまで含めると非常に豊かな物性現象の舞台となっている.今後はさらに理論と実験の連携が強化され励起子絶縁体の研究が発展することを期待している.

最近の研究から
  • 馬場 基彰
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 2 号 p. 63-67
    発行日: 2024/02/05
    公開日: 2024/02/05
    ジャーナル 認証あり

    光(電磁波)は非平衡,磁性体は熱平衡が主な研究の舞台である.ここでは逆に,横場の電磁場を熱平衡下で相転移させるために,磁性体中のマグノンの非平衡下での振る舞いを測定したという話をする.

    1973年,光場(横場の電磁場)を介した原子間の相互作用によって,原子集団が横場の電磁場と一緒に相転移すると理論的に提唱された.これは超放射相転移やディッケ(Dicke)相転移とよばれる.その実現によって,非常に強い2モード量子スクイージングが熱平衡下で得られる.デコヒーレンスに対して堅牢な量子科学技術の基盤に繋がりうる現象である.しかし,熱平衡下の超放射相転移は,提唱より50年,いまだ観測された例がない.

    超放射相転移は,荷電粒子が電気双極子遷移を通じて電磁場と相互作用する単純な系ではまず起こらないと認識されており,スピンなどの別の自由度の存在が肝心となる.この戦略に基づき,最初の一歩として,我々はスピン波(マグノン)版の超放射相転移を確認した.具体的には,磁性体ErFeO3中のFe3+スピン格子のマグノンを介して,Er3+スピン同士が相互作用することで,Fe3+マグノンとEr3+スピン集団が約4 Kで相転移することを確認した.

    マグノン版の超放射相転移かどうかを検証するためには,熱平衡下の相図だけでは不十分である.我々は,Fe3+マグノンを介してEr3+スピン同士が確かに相互作用することを確認するために,ErFeO3の静磁場下でのテラヘルツ分光実験を実施した.吸収スペクトルにFe3+マグノンとEr3+遷移のピークが得られ,静磁場の大きさの変化により,それらの準位反発(反交差;anticrossing)が観測された.さらに我々はEr3+をY3+に置換してEr3+密度N/V(原子数N,体積V )を変化させることで,その準位反発の大きさがEr3+密度の平方根√N/Vに比例することを確認した.Fe3+とEr3+が近接的に相互作用するだけなら,準位反発はN/Vに比例するはずである.観測された√N依存性が,Fe3+マグノンを介してEr3+スピン同士が相互作用することの証拠である.

    Nに比例する準位反発は,真空ラビ(Rabi)分裂とよばれる(Vは一定とすることが多い).初期状態としてEr3+スピンのどれか1個だけが励起した状態を考える.それが基底状態に緩和した際,Fe3+マグノン(超放射相転移が提唱された本来のモデルでは共振器中の光子)が1個生成される.そのマグノン(光子)はまたEr3+スピン(原子)集団のどれか1個を励起する.これが繰り返されることで,マグノン数(光子数)の期待値は時間的に振動し,マグノン(光場)の振動にはうなりが生じる.これが真空ラビ(Rabi)振動とよばれる.また,うなりをフーリエ変換するとスペクトル上に準位反発が得られ,これが真空ラビ分裂とよばれる.初期状態でマグノン(光子)がゼロ個でも起こる振動であることから「真空」と冠せられる.マグノン(光子)1個によってEr3+スピン(原子)のどれか1個が励起されればよいことから,真空ラビ振動の周期は√Nに反比例し,真空ラビ分裂の大きさは√Nに比例する.

    このように,ErFeO3中のFe3+マグノンとEr3+遷移の非平衡ダイナミクス(吸収スペクトル)の測定から,Fe3+マグノンを介したEr3+の協同的な相互作用を確認した.また,準位反発の大きさから相互作用の強さを見積もることで,ErFeO3が約4 Kで示す相転移が,確かにマグノン版の超放射相転移であると結論づけた.

    現在,より確かな証拠を得るために,Fe3+マグノンとEr3+スピン集団の熱平衡下での量子スクイージング観測を目指して研究を進めている.デコヒーレンスに対して堅牢な量子科学技術を構築するためにも,まずは観測が必要である.

  • 品岡 寛, 村上 雄太, 野垣 康介, 櫻井 理人
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 2 号 p. 68-72
    発行日: 2024/02/05
    公開日: 2024/02/05
    ジャーナル 認証あり

    計算物理学は,物理研究において重要な役割を担っている.計算物理学では,桁違いに違う長さスケールが共存する現象を扱うことが多いが,この共存のため計算量が膨大になることがある.

    長さスケールが定式化の段階で自明に分離可能な場合もあるが,往々にして,その共存が物理現象において本質的であり,容易に分離可能でない場合も多い.例えば,乱流は,非常に複雑な流れパターンを示す現象で,様々な長さスケールと時間スケールが一体となって現れるため,理論的な予測が難しいことが知られている.このような問題は様々な分野(例えば,宇宙ひもや乱流のシミュレーションなど)で見られ,幅広い長さスケールを同時に扱える計算理論の研究が続けられている.

    同様の問題は,物性理論でも見受けられる.物質が示す多彩な物性は,理論的には多体シュレディンガー方程式を解けば定量的に予測可能なはずであるが,その計算量は粒子数に対して指数的に発散するため,厳密に解くことは現実的には不可能である.

    そのため,元の多体量子系を近似して,有効的なポテンシャルや相互作用を含む少数系で近似することが一般的である.種々の摂動論や,密度汎関数理論に基づくバンド計算もその例である.

    有効的なポテンシャルや相互作用は,多次元時空で定義された「相関関数」の1種である.系が複雑な内部自由度を持つ場合,長さ,時間スケールが幅広く分布する場合には,時空依存性の記述に対する計算・メモリ量の問題が深刻化し,有効少数系とはいえ精密に解くことが極めて困難になる.

    相関関数は,実・虚周波数(時間)や空間に複雑に依存する.近年,「虚時間」依存性の圧縮に関しては,筆者である品岡と共同研究者によって,温度グリーン関数の「中間表現」が開発され,幅広いエネルギー幅を持つ系の場の量子論計算や第一原理計算への応用が進んでいる.しかし,この技術は虚時間表現の特殊性に依存しており,実時間や空間依存性など,一般の時空への拡張は困難であった.

    そのような背景から,一般の時空依存性の圧縮表現の探索が重要であり,その潜在的なインパクトの大きさがうかがい知れる.近年,情報圧縮技術としてテンソルネットワークが広く注目されている.特に,quantics(quantized)tensor train(QTT)は,異なる長さスケールが共存する関数の圧縮に有効である.具体的には,長さスケール間の相関(エンタングルメント)の強弱に応じて,情報を圧縮する.

    この数年,乱流の流体力学計算など,様々な物理分野において,QTTの応用が試みられている.特に,筆者らは,場の量子論計算に現れる多くの相関関数の情報圧縮が可能であること,フーリエ変換や畳み込みがテンソルネットワークの演算として効率的に実行可能であることを示した.つまり,原理的には,場の量子論計算を情報圧縮したまま実行可能である.

    QTTは,最初に述べたような様々な計算物分野における問題を汎用的な枠組みで解決できる可能性を秘めている.そのため,汎用・効率的なアルゴリズム,オープンソースソフトウェア開発が世界的に始まっている.もし,読者が計算物理において,桁違いに異なるスケールが共存する現象に取り組んでいるなら,ぜひQTTに興味を持って欲しい.

  • 石田 浩祐, 芝内 孝禎
    原稿種別: 最近の研究から
    2024 年 79 巻 2 号 p. 73-78
    発行日: 2024/02/05
    公開日: 2024/02/05
    ジャーナル 認証あり

    超伝導は電気抵抗の消失やマイスナー効果といった劇的な量子効果が目に見える形で現れる,非常に魅力的な物理現象である.その一方で,固体中の電子集団がどのようなメカニズムでそれを起こしているのか,ミクロなレベルで理解することはそう簡単なことではない.実際,1911年に超伝導現象が初めて発見されてから,1957年に「フォノンを介した引力相互作用によって電子集団が対を組んだ状態」として今では標準的となっている説明が与えられるまで46年もの時間が必要であった.その後発見された重い電子系や銅酸化物における超伝導においては,その近傍に現れる反強磁性相の役割が当初から注目されたが,「反強磁性揺らぎによる電子対形成」というフォノン媒介引力相互作用とは異なる非従来型の機構による超伝導が実際に確立されるまでには様々な理論および実験の進展があった.

    近年,様々な超伝導体が電子ネマティック状態という新しい電子状態を示すことが発見され注目を集めている.磁気秩序が時間反転対称性の破れで特徴づけられるのに対し,電子ネマティック状態においては結晶構造から予測される本来保持されるべき回転対称性を電子系が自発的に破っている.これは銅酸化物超伝導体において当初理論的に提案された概念で,その後発見された鉄系超伝導体が典型的な電子ネマティック状態を示すことが明らかになった.さらには最近超伝導が報告されたマジックアングルグラフェンやカゴメ格子物質においても電子ネマティック状態の報告があり,超伝導の発現に何か普遍的な役割があるのではないかと興味がもたれている.

    鉄系超伝導体FeSeはこの疑問を解決可能なモデル物質であると言われている.FeSeは他の多くの物質と異なって電子ネマティック状態のみが現れ,超伝導以外に磁気秩序や電荷秩序といった他の長距離秩序を示さない.Seサイトを同族元素のTeに置換していくと,電子ネマティック転移温度は抑制されていき,ちょうど転移が消失する組成近傍で超伝導転移温度が最大となる.我々はこのFeSe1-xTexにおけるTe置換によって電子ネマティック秩序の揺らぎがどのように変化するのか,それに応じて超伝導が完全に壊れる上部臨界磁場がどう変わるのかを詳しく調べた.その結果,電子ネマティック揺らぎによって超伝導電子対間に働く引力相互作用が増強されていることが明らかとなった.

    電子ネマティック状態は,いわば電子の集団が配向性を示した状態といえ,古典的な液晶との類似性から量子液晶状態の1つと言われている.本研究は,量子液晶状態の揺らぎを媒介とした超伝導発現機構の検証に成功した例であるといえる.これはフォノンやスピン揺らぎといったこれまで確立されたものとは異なるメカニズムで発現していると考えられ,今後より高い超伝導転移温度をもつ物質を探索する上での新しい指針となるものと期待される.

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