2024 年 79 巻 2 号 p. 73-78
超伝導は電気抵抗の消失やマイスナー効果といった劇的な量子効果が目に見える形で現れる,非常に魅力的な物理現象である.その一方で,固体中の電子集団がどのようなメカニズムでそれを起こしているのか,ミクロなレベルで理解することはそう簡単なことではない.実際,1911年に超伝導現象が初めて発見されてから,1957年に「フォノンを介した引力相互作用によって電子集団が対を組んだ状態」として今では標準的となっている説明が与えられるまで46年もの時間が必要であった.その後発見された重い電子系や銅酸化物における超伝導においては,その近傍に現れる反強磁性相の役割が当初から注目されたが,「反強磁性揺らぎによる電子対形成」というフォノン媒介引力相互作用とは異なる非従来型の機構による超伝導が実際に確立されるまでには様々な理論および実験の進展があった.
近年,様々な超伝導体が電子ネマティック状態という新しい電子状態を示すことが発見され注目を集めている.磁気秩序が時間反転対称性の破れで特徴づけられるのに対し,電子ネマティック状態においては結晶構造から予測される本来保持されるべき回転対称性を電子系が自発的に破っている.これは銅酸化物超伝導体において当初理論的に提案された概念で,その後発見された鉄系超伝導体が典型的な電子ネマティック状態を示すことが明らかになった.さらには最近超伝導が報告されたマジックアングルグラフェンやカゴメ格子物質においても電子ネマティック状態の報告があり,超伝導の発現に何か普遍的な役割があるのではないかと興味がもたれている.
鉄系超伝導体FeSeはこの疑問を解決可能なモデル物質であると言われている.FeSeは他の多くの物質と異なって電子ネマティック状態のみが現れ,超伝導以外に磁気秩序や電荷秩序といった他の長距離秩序を示さない.Seサイトを同族元素のTeに置換していくと,電子ネマティック転移温度は抑制されていき,ちょうど転移が消失する組成近傍で超伝導転移温度が最大となる.我々はこのFeSe1-xTexにおけるTe置換によって電子ネマティック秩序の揺らぎがどのように変化するのか,それに応じて超伝導が完全に壊れる上部臨界磁場がどう変わるのかを詳しく調べた.その結果,電子ネマティック揺らぎによって超伝導電子対間に働く引力相互作用が増強されていることが明らかとなった.
電子ネマティック状態は,いわば電子の集団が配向性を示した状態といえ,古典的な液晶との類似性から量子液晶状態の1つと言われている.本研究は,量子液晶状態の揺らぎを媒介とした超伝導発現機構の検証に成功した例であるといえる.これはフォノンやスピン揺らぎといったこれまで確立されたものとは異なるメカニズムで発現していると考えられ,今後より高い超伝導転移温度をもつ物質を探索する上での新しい指針となるものと期待される.