日本物理学会誌
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最近の研究から
チョコレート中の油脂結晶が引き起こす様々なブルーム現象
本同 宏成佐藤 創平上野 聡
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2024 年 79 巻 5 号 p. 236-241

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抄録

チョコレートは世界中で愛されているスイーツである.チョコレートはカカオマス,ココアバター,砂糖,粉乳などからなり,カカオの香りや砂糖の甘さはもちろんのこと,口中で速やかに溶けることで生み出される滑らかな舌触りもチョコレートの美味しさにとって大切な要素である.さらに,艶やかで美しい見た目もチョコレートが愛されている要因である.しかしながら,チョコレートは長期間の保存中に表面が白く変化するファットブルームと呼ばれる現象を生じる.ファットブルームはチョコレートの見栄えや口溶け感を悪くし,商品価値を落とすため製菓会社にとって大きな問題である.チョコレートの持つ美しい見た目やファットブルーム,滑らかな舌触りには,チョコレート中のココアバターの結晶が大きく影響している.チョコレートのファットブルームは,ココアバター結晶の多形転移に伴う粗大化により,光を散乱させ白くなることが原因であると以前より知られていた.チョコレート製造の際にはテンパリングと呼ばれる温度処理により,ココアバター結晶はV型に制御されているが,長期保存により,熱力学的により安定なVI型へと多形転移する.微細な結晶として存在していたV型はVI型に転移することで粗大化し,平坦だったチョコレート表面が荒れることでファットブルームが生じる.このほかにも異なる条件,原因によるファットブルーム形成が知られているが,多くの場合にココアバター結晶の多形転移を伴う.我々は今回,粉乳を含んだミルクチョコレートを用いて,ココアバターの多形転移を伴わないブルーム発生条件を見出し,その発生機構を明らかにした.

ココアバターのV型結晶の融点は約34℃であるが,V型に固まったチョコレートを融点以上の35–37℃に保持した後,25–28℃で結晶化させ,さらに20℃まで冷却すると,V型に結晶化し,従来よりもはるかに短い期間でチョコレート全体が白化するファットブルームが生じた.チョコレートを高温に保持している間はココアバター結晶からのX線回折ピークは観察されず,ほぼ融解していた.完全に融解したココアバターは,テンパリング操作なしでは容易にはV型に結晶化せず,IV型などより不安定な多形となる.しかしながら本実験では上記の温度処理によりV型に結晶化することが確認された.このことは,融点が35℃以上のV型が存在することで,もしくはV型からVI型へと多形転移することで,それぞれが種結晶として働き,チョコレート全体をV型に結晶化させたことを示唆する.20℃冷却時の結晶化中のチョコレートの表面を観察したところ,ココアバター融液がチョコレート内部に引き込まれ,チョコレート表面でココアバターが枯渇することで隙間が生じ,光が散乱されて白くなることが明らかとなった.

チョコレートのファットブルーム現象に関する一連の研究は,同様にファットブルームと呼ばれる白化現象であっても様々な発生機構が存在しており,食品が複雑な研究対象であることを示している.

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