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吉田肉腫に関する細胞学的並に白血病病理学的諸問題に就いて
田頭 勇作三宅 健夫川野 清子
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1951 年 42 巻 1 号 p. 1-18_2

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抄録

吉田肉腫の細胞学的性格に就いては,單球を母細砲と見る見解が一般に承認されているが,最近濱崎氏は此腫瘍を腹腔上皮腫と見做す見解を発表している。若し此腫瘍が腹腔上皮腫であれば,此腫瘍が腹腔内に遊離して発育し易い性状に対して理解が困難となる。我々の見解によれば單球は血液の細胞であると共に組織の細胞たるの二面性をもつ特有の細胞であり,このことが緑色腫の如き増殖樣式を採るものと解せられる。從て單球に属するならば吉田肉腫は白血病類似の増殖樣式をなさねばならないのであるが,今日迄の研究ではその点は充分吟味されていず,吉田氏は血液内移植により白血性を呈せしめ得ることなく僅に心と腎に轉移竈を作り得たというに反し,木村氏等は50%に近い腫瘍細胞の血液内流出を認めている。しかし兩者の成績の相違は余りに甚しく,我々は是に改めて吉田肉腫の單球としての細胞学的性格を精細に檢索し,併せて血液内移植による探究を行うこととした。
吉田氏の見解では腹腔内移植の初めは單球型細胞として増殖し,その細胞が日を経て一定の腫瘍粗胞に移りゆくとするのであるが,我々の腹腔内移植の所見よりすれば,成程移植初期の腫瘍細胞は萎縮して小型であり,核にも凹凸が著しい傾向はあるが,しかし腫瘍細胞には特有の大型の核仁が存在し,中性赤ロゼツテも小粒で,帶褐色の色調を呈している点で第II期のものと本質的に異るところはない。そして吉田氏が第I期に増加すると称するものは腹腔常備の乳斑單球が刺戟を受けたためによるものと考えられる。此事は過酸化酵素反應で此種の單球が70∼80%陽牲であることからも裏付けられる。腫瘍細胞は第II期の旺盛な増殖相にある時期に檢した所では,15∼25%程度が本反應陽性である。此所見は白血病患者の諸反應を試みている者の目にとつては決して見逃し難い所見である。其上墨粒の腹腔内注射後24時間の超生体染色所見では,墨粒は中性赤空胞南に吸着し,明かに墨粒貪喰能は陽性である。又暗視野所見で胞体に短い細い,いが粟状の突起が出ているのも一般單球と一致した性質である。尚保温装置の下では胞体の運動をも併せて観察することが出來た。此等の腫瘍細胞の性格は一般に單球,殊に白血病時の單球に酷似してをり,他の如何なる種類の細胞とも似ないものであつて,本腫瘍が單球を母体とするものであることは最早疑問の余地のない所である。而して此樣な單球系の腫瘍が実在することは,Naegeli学派の單球を骨髄芽球の一分化細胞と観る立場を否定し,單球系の独立性を支持するものということが出來る。
血液内移植においては7∼9日頃に斃れるものが最も多く,屠殺したのは4例であつた。
最も早く屠殺した3日後例では肉眼的に腫瘤性臟器はなかつたが組織学的に即に全身に種瘍細胞が橋頭堡を作つてをり,殊に淋巴線,肺(小靜脉周囲),腎(腎盂粘膜下,糸毬体局在性),脾,肝(グ鞘),等において判然と認められた。
6日以後になると肝脾腫が起り,組織学的にも今迄轉移の著明でなかつた肝,脾,骨髄に著明な浸潤が認められ,他臟器を引き離して白血病樣の像に赴いている。即ち肝臟のグ鞘には相当著明な腫瘍浸潤があり,靜脉竇にも次第に充満してゆく。脾では髄索に腫瘍細胞が瀰蔓性に認められ,濾胞は萎縮性となり,遂には該細胞が髄索内に充満する。かかる像は人の急性單球白血病の場合よりも強力な浸潤振である。肺では靜脉に腫瘍の栓塞が多くなり,これを囲んで浮腫,出血も見られる。
腎ではどの糸毬体にも毛細管内に腫瘍細胞が栓子となつて充満してをり,かかる所見は我々は稀に大型の細胞の單球白血病に見るのみである。淋巴腺所見は以前のままで骨髄では次第に腫瘍の結節を作りつつ浸潤し,遂には骨髄は固有の像を失い腫瘍細胞は細網細胞樣型態で増殖する。
12日以後では,いずれも肝脾腫は著明でないが,組織像では矢張り全身臟器に腫瘍細胞を認めた。仔細に観ると肝の轉移は殆どグ鞘に限られ,腫瘍細胞も核が濃縮性で胞体が廣く,活氣のない細胞群からなり,又脾臟にも髄索を掩う程の浸潤なく,肺も同樣の限局性の腫瘍轉移竈を認めた。一方淋巴裝置では淋巴腺の高度腫大,胸線周囲並に皮質における腫瘍の増殖を認め,骨髄ではその殆どを腫瘍細胞により占められ,その中の一部は漸く骨梁の圧追萎縮をさへ起さんとしている。
此所見は要約すれば,肝,脾その他では一旦増殖した腫瘍細胞が直線的な発育を止めて,轉移の位置で守勢を保つているに過ぎないてとを思はせる。強いていへば血液中に抗腫瘍性が生じたともいうべき所見である。しかも淋巴腺,骨髄での直線的増殖は,淋巴腺轉移腫瘍がX線に鈍感であるといわれる点をも考慮すれば,等しく体液的環境でも血液と淋巴とでは甚だしく相違があるというてとが推測され得る。而してこの樣な腫瘍発育の抑制因子は血液中で崩壞し続ける腫瘍に対する抗体が生ずるものとすれば,此事実は若干説明が可能であろう。

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