Print ISSN : 0016-450X
吉田肉腫による無糸分裂の研究
熱海 明
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1953 年 44 巻 1 号 p. 21-32_2

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抄録

高等動物細胞は主として有糸分裂によつて殖えるが,無糸分裂によつても殖えると言われる。原虫においては(あるいは細菌においても)無糸分裂による細胞体の増加は事実認められるが,高等動物の細胞の場合にも果して事実であるか否かの問題を追求して,熱海は吉田肉腫を用い,無糸分裂の研究をば次の二つの方法によつて行つた。すなわち第一は腫瘍移植後動物が死亡するまでの毎日の腫瘍腹水塗抹染色標本の逐時的観察である。第二は位相差顕微鏡を用いて腫瘍増殖末期腹水中の腫瘍細胞殊に核の生態観察である。塗抹標本観察によつて得た所見は。
(1) 無糸分裂では核が分れる事があつても細胞体は分れない。
(2) 異常核形を亜鈴形,分葉形,突起形,一方側縊れの四種に分類を試みると,亜鈴形においては核が無糸分裂的に分断すると確認されるが,他の形のものから核が分断して多核となる事は確認できない。
又異常形核を有する細胞の胞体直径を計測して見ると,亜鈴形核を有する細胞のみが一個の核を有する静止形腫瘍細胞よりも有意義の差を以つて大きい。
(3) 腫瘍増殖の初期には有糸分裂像が多くて無糸分裂像(上記の四つの核形)が少く,末期になると逆に有糸分裂像が減つて無糸分裂像が殖えてくる。
(4) 末期に異常の核形を有する細胞が多くなつても,それ程多核細胞は殖えない。次に生態観察によつて得た所見は。
(1) 静止核の両側が縊れてすなわち亜鈴形を呈して核が二分する事実が確認された。(一例)
(2) 亜鈴形以外の異常の核形では縊れた状態を長く続けていて容易に分れない。(分葉形:四例。一方側縊れ:二例。)亜鈴形でも縊れが長く続いていて観察中には二分しなかつたものがある。(二例)
(3) 核の縊れは必ずしも分れる方向にのめ進行するのではない。逆に縊れが浅くなつたり,逆戻りする事もある。(一例)
(4) 無糸分裂で核は殖えるが,細胞の数は殖えない事は生態観察でも確認された。
以上の観察から無糸分裂を綜合的に考察して見ると,無糸分裂による細胞数の増加というものは存在しないと結論される。無糸分裂なる現象は細胞体の分裂を伴はない核のみの分裂及び核の変形の一種である。亜鈴形核を有する細胞体は一個の静止核を有する細胞体より大きいが,分葉形•突起形•一方側縊れの核の場合には大きいとは言えない。且つ亜鈴形の場合は核が分れ得るのであるが,他の三者の場合は完全に分れる事実が確認出来ない。すなわち亜鈴形核は後三者とは多分に異る点があり,直接分裂型として認める事が出来るが,後三者は核の分裂型とは認め難く,生活条件による核の変形と考えるべきであろう。要するに所謂無糸分裂像には進行性あるいは積極的の意味は認め難く,退行性の現象とみるべきである。

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