Print ISSN : 0016-450X
実験的に発生せるラッテの可移植性形質細胞肉腫
田頭 勇作
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1954 年 45 巻 4 号 p. 619-629_2

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抄録

動物の形質細胞腫はBloomが犬の大腿骨髄に自然発生したものを報告しているにとどまり,その他に記載をみない。われわれは葡萄糖肉腫の発生過程において,一沃度醋酸が如何に作用するかという点を実験的に検索中,単に一沃度醋酸のみを注射した一疋のラッテから悪性形質細胞腫と称すべきものの発生を認めた。
この動物の実験条件をのべると,一沃度醋酸0.4gr/dl 0.5ccを隔日に皮下注射180回1年に及び,後放置,観察中,実験日数540日頃に右背皮下の注射部位に相当して,腫瘤を触知した。その後急速に大さを増し,556実験日には3.2×2.4×1.1cmとなり,硬度は弾力性鞏で皮膚面の著しい血管拡張は認め得なかった。562実験日に腫瘍は一部を除き軟化し始め,564実験日において斃死した。初期体重100g,末期体重185gである。腫瘍組織は直に組織学的検索に供するとともに,他方三疋のラッテに皮下乃至腹腔内腫瘍移植を試みた。
剖検時皮下原発腫瘍の大さは3.6×3×1.6cmで粘稠血性の液状物及び軟い壊死状物をそれぞれ腫瘍の1/3程度含有し,皮下の底部に固着している。腫瘍自体は厚い結締織性の被膜を被り皮膚との癒着はないが,底部において筋層を破って腹腔内に浸潤している。後腹膜腔内に入った腫瘍は右側後腹壁に浸潤し,さらに腹部大動脈に沿って上行,横隔膜を全面において腫瘍化せしめてこれを突破し,前縦隔洞に大腫瘍を形成し,この中に心臓を擁し,さらに両肺内側を完全に侵している。肺は横隔膜面及び肺門から実質内に腫瘍浸潤を受けているが,肺実質と鋭利に境されており,その他に実質内の転移結節の撒布もみられる。胸水,腹水はないが旁大動脈淋巴腺の腫脹せるもの1個があり,腫瘍転移を認めた。腋窩,鼠蹊淋巴腺の腫大は認めなかったが,腋窩淋巴腺には組織学的に腫瘍転移を認めた。その他の臓器,例えば心,肝,脾,腎,骨髄等にはいずれも転移形成はなかった。
腎では人の形質細胞腫例で注意されているような蛋白結晶,巨細胞などは認めないが,その細尿管には硝子円柱が散見された。
固定切片標本の所見では腫瘍細胞は炎症組織におけると同様の比較的胞体の狭い形質細胞の型をとり,核周明庭を有し,核はいずれも定型的車輻状核で,人の形質細胞腫の如き大型の仁は認め難い。この間に巨細胞化せるものが混在するが,その場合には概ね胞体が狭小となっている。核分裂像もしばしば認められる。細胞内封入体はない。鉱銀繊維は一見多いように見えるが,腫瘍が間質内を発育しつつある関係で残存結締織に割込むことと関係あるらしく,個々の細胞との関係は明かでない。
塗抹ギームザ染色所見も切片所見とほぼ同様であるが,ペルオキシダーゼ反応は陰性で,メチール緑,ピロニン染色の態度は正常形質細胞と異るところはない。
超生体染色所見では,ヤーヌス緑染色糸粒体は比較的広く胞体内に分布するが,時に核周に集るものもある。中性赤空胞はその核周明庭部に数個集合性乃至分散して認められるものがあるが,これは一都である。墨粒貪喰能は陰性である(墨膜法による)。
位相差顕微鏡によると糸粒体の状態はさらに明瞭で,正常形質細胞に比して細い短桿状の糸粒体が極めて多数認められる。元来糸粒休は分裂細胞では細短桿状化し数を増すが,この場合にはその傾向が著しい。なおこの方法で核分裂の各期を観察した。元来形質細胞の核膜には色素塊が鐘乳石の如く垂れ下っているが,この性質のために分裂前期の態度を明確に把むことは困難で,一般腫瘍細胞核に見る染色体の第一乃至第二収縮期の染色糸像を把えることは困難であった。そして第三収縮状態(中期への移行期)から初めて前期として確認し得る。これは天野が述べている如く形質細胞核が融合性前染色体状態にあり,容易に前期を通過して中期に至るためと考えられる。これに対して末期の染色体のほぐれてゆく像は確認し得た。
腫瘍細胞の移植は主として腹腔,皮下において成功し第七代まで移植可能であった。その間睾丸,肝,骨髄,血液内等の移植も試みたがすべて失敗に終った。また移植動物の血液並びに腫瘍組織の蛋白像を電気泳動法により検索したが,グロブリン分屑における著明な変化を認め得なかった。唯,第4代の腹腔内移植例において移植後15日で強度の貧血を来し,脾においても髄外造血像を認めたことは人の形質細胞腫が高度の貧血を伴う事実と比較して興味深い。
以上の細胞学的性状から本腫瘍細胞が形質細胞の性状と一致することはほとんど疑を入れないところであるが,その増生の性格が比較的緩徐であることから,一血球種の腫瘍性増生ではあるが白血性ではなく,むしろ比較的悪性度の強くない肉腫,従って形質細胞肉腫と呼ぶことが出来よう。また天野の述べる如く形質細胞が血管外膜細胞から発生するものである以上,それが骨髄腫以外の形で発生することのあるのは当然で,むしろその頻度の少きに疑問のある程である。

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