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発癌組織における糖代謝酵素系の切断に関する実験的研究 (第II報)
附: 発癌過程におけるSH基結合説について
田頭 勇作
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1954 年 45 巻 4 号 p. 601-618_2

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抄録

1938年,西山氏が濃厚葡萄糖皮下注射による肉腫発生に成功して以来,糖原,乳糖,果糖の如き生理的に重要な糖類についてもその発癌性が相次いで知られるようになった。しかしその発癌の機序に関しては今日ほとんど追究がなされていないといって過言ではない。そこでわれわれは,葡萄糖が生体内で分解をうけるに当り,如何なる段階のものが発癌に関与しているかを明かにするために,糖代謝酵素系の中断を行うと考えられるフツ化ソーダまたは沃度醋酸を葡萄糖と同時に負荷することによって,およそ葡萄糖の三炭糖に分解される以前の段階が発癌に与っていることを明かにした(第I報)。しかしこの実験においては,O-アミノアゾトルオールを発癌促進剤として葡萄糖,沃度醋酸と同じ注射部位に適用したため,この三者が発癌に際して,相互に如何に作用し合っているかをさらに検索することが必要となった。そこで下記の如く,前後二回にわたって発癌実験を試み,若干の結果を得たが,それらの相互作用については確定的な結論を見出すには至らなかった。しかし他方,これ等の実験において沃度醋酸単独でラッテの皮下に肉腫を発生せしめ得ることが明かとなり,その発癌機構の考察により,広く一般の発癌性物質にまで及ぼし得る発癌の生化学的過程の第一段階を新たに想定することができた。
第I実験右背皮下左背皮下
I群葡萄糖+沃度醋酸O-アミノアゾトルオール
II群葡萄糖+沃度醋酸
III群沃度醋酸各群8例
葡萄糖は20%水溶液とし沃度醋酸は0.4gr./dl.水溶液としてそれぞれ1cc,0.5cc隔日に注射,OATは5%オリーブ油溶液として0.5cc隔週に注射した。注射期間は3カ月,その後は単に飼育するにとどめた。
第I群では200日以上生存せるものは7例で,その中3例に実験日数230~290日でOAT注射部位に一致して肉腫(血管内皮腫1例,繊維肉腫2例)を発生せしめ得た。第II群では300日以上生存せるものは7例で,最高676日まで生存せしめ得たが注射部位に肉腫の発生せるものは1例もなかった。489日で斃死した1例は膵間質に細網肉腫が組織学的に証明せられたが発癌物質の作用によるものとは決定し難く,寄生虫との関係も否定し得なかった。第III群では500日以上生存せる3例の中1例に沃度醋酸注射部位に一致して繊維肉腫を生じた(実験日数549日)。以上の結果から,かかる条件においては葡萄糖,沃度醋酸の併用注射は,動物に発癌に必要な全身的要約を与え,OATは局所的要約を与えると考えられ,また3カ月という短い注射期間でも発癌には充分有効であると考えられた。さらに1例ではあるが沃度醋酸単独で注射部位に肉腫を発生せしめ得たことは,該薬物の発癌性を予想せしめるものとして興味深い。
第II実験
第I実験では注射期間は僅かに3カ月であったが,本実験においては注射期間を1カ年とし,かつ多数の組合せの下に発癌実験を行った。
右背皮下左背皮下
I群葡萄糖+沃度醋酸O-アミノアゾトルオール
II群葡萄糖O-アミノアゾトルオール
III群沃度醋酸O-アミノアゾトルオール
IV群葡萄糖+沃度醋酸オリーブ油
V群葡萄糖+沃度醋酸
VI群沃度醋酸
VII群葡萄糖
VIII群O-アミノアゾトルオール各群13例
注射期間が1カ年である以外,注射量,注射間隔,飼育法は第I実験と全く同様であった。
本実験においては第I実験に比し動物の斃死率は一般に大であったが,沃度醋酸,OAT併用注射群である第III群,及び沃度醋酸単独注射を行った第IV群で各々2例沃度醋酸注射部位に一致して腫瘍の発生をみたことは注目に値する。すなわち,第III群では250日以上生存せる9例中2例に,それぞれ287,456実験日に繊維肉腫を生じ,第VI群では500日以上生存せる2例の中1例に形質細胞肉腫を,1例に繊維腫を発生した。これに反し他の群では,第I実験の成績から按じて発癌期と考えられる250日以後においても,第II群に585実験日に発生したチスチセルクス肉腫を除き,1例の腫瘍発生もみなかったことはやや理解に困難な現象である。その原因として幾つかの理由を挙げ得るが,発癌性物質の相互作用についてはなお将来の研究が必要であろう。
沃度醋酸の発癌性について今日まで報告せられたものは皆無である。われわれの実験結果から直ちに発癌率を云々することはもとより不可能であるが,注射局所の増殖性変化,ほぼ一定の発癌潜伏期,及び注射局所での発癌という事実より按じて沃度醋酸による肉腫発生と断じて誤りはないであろう。かつまた適当な飼育を行えば高率の発癌を期待することも不可能ではない。さてその発癌機序について考えてみるに,従来のわれわれの構想よりすれば,燐グリセルアルデヒド脱水素酵素(SH酵素)の抑制による六炭糖の蓄積によると考えられるが,他方沃度醋酸はひろく蛋白,SH基との結合が考えられるので,その結合による(燐グリセルアルデヒド脱水酵素をも含めて)酵素の抹殺乃至は蛋白構造の変化が発癌へ導くとの推定も可能である。

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