Print ISSN : 0016-450X
液状伝染に関する犬伝染性外陰部腫瘍の細胞学的研究
渡辺 文友東 緑
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1956 年 47 巻 1 号 p. 23-35_2

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抄録

体細胞に由来する悪性腫瘍が宿主内で独立して生活し, 組織液内に浸潤増殖する一方血行あるいは淋巴道によって転移を起す状況は顕微鏡的単細胞生物の繁殖形式に似ているものといえる。特にマウスやラットの血液あるいは腹水中に瀰蔓性に浮游増殖する白血病あるいは腹水腫瘍の細胞が営む行動は, 生体内における微生物のそれと類似するものがある。かくのごとく腫瘍細胞が単細胞生物のごとく行動し繁殖しているものとするならば, 細菌あるいは原虫のごとき単細胞生物が示す伝染という現象が, 特殊な状況においてはかかる腫瘍の間にも行われ得るものとの想像が許される。すなわち, 生物学的な立ち場から腫瘍をみるときに, 腫瘍がその宿主内において自己の種族を繁殖させるとともに, 何等かの過程によって他の宿主に移行し, そこで増殖して同じ腫瘍を繁殖させる行動が考慮される。
かかる見解に立って, ウィールスその他の病原体が証明されないところの犬の伝染性外陰部腫瘍をとりあげて, その伝染性の成り立ちにつき細胞学的考擦を試みた。最近長崎地方において観察した13例の犬の伝染性外陰部腫瘍は組織学的にはいづれも円形細胞肉腫に近い像を示していたが, 全例共に外陰部の腫瘍の潰瘍表面に腫瘍細胞を多数含む白濁液が絶えず潴留あるいは滴下していることが特異であった。この一見液状の腫瘍を思はせる分泌液内の腫瘍細胞が, 交尾という機会に際し, 犬に特有な痙攣的且持続的な交尾形式によって恐らく機械的に障害された反対性の性器粘膜下に自然移植され, そこに腫瘍が発生して腫瘍細胞の自然移植が成立するものとの見解に達した。これが確定にはかかる腫瘍細胞を含む分泌液による移植実験が必要であることはいうまでもないが, この液を介して腫瘍が自然移植される過程を腫瘍の液状伝染という言葉で表現した。これは腫瘍細胞が液状腫瘍の形態をとって他の宿主に自然に移行する現象を意味する。犬外陰部腫瘍分泌液による液状伝染が成立するためには分泌液内で多くの腫瘍細胞が健全に生活し, しかも分裂増殖していることが必要条件となってくる。
最近発見した雌小犬の外陰部腫瘍分泌液内の腫瘍細胞につぎ細胞学的観察を行った結果は, 一定の核学的構成の存在を暗示し, 染色体数54を持つ細胞が高い頻度において出現する。この細胞学的観察の結果は, この犬外陰部腫瘍が交尾という機会において液状伝染の方法によって個体から個体に伝搬されることを有力に示すものである。

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