2015 年 20 巻 1 号 p. 103-110
リン(P)に安定同位体は 1 種類しか存在しないが、リンの主要形態であるリン酸(PO43- )に含まれる酸素には 3 種類の安定同位体が存在する。リン酸のP-O結合は、自然条件下で安定なため、生物によって代謝されない限り、その酸素安定同位体情報は化学的に保存される。換言すれば、生物過程が無視できる系に存在するリン酸の酸素安定同位体比(δ18Op )は、各種負荷源の混合割合に応じてそれらの同位体情報を反映する。 一方、生物によるリン代謝が卓越する系では、リン酸と環境水の間で酸素安定同位体比の温度依存的な交換平衡が迅速に起こる。このリン酸の化学的・生化学的特性に基づいて、生態系のリン循環を駆動する二つの主要なプロセス、すなわち、「負荷源の混合」及び「生物による再循環」を評価することが可能となる。本稿では、リン酸 - 酸素安定同位体分析を用いて、流域生態系におけるリン循環を評価する研究事 例を紹介するとともに、今後の課題と展望を述べる。