抄録
【目的】杖に関する先行研究は、下肢に視点が向けられたものが多く、杖を使用している上肢について報告したものは少ない。本研究の目的は、T字杖(T杖)、四点杖(Q杖)、ロフストランド杖(L杖)の3種類の杖を使用して歩行した時の、杖使用側の肩関節周囲筋の筋活動量を比較検討することである。【対象と方法】対象は、インフォームド・コンセントの得られた健常男性7名で、平均年齢21.3歳であった。被験者の一側下肢を患脚と規定し、反対側上肢に杖を使用した。課題動作は3種類の杖を使用して、杖に体重の20%の荷重(20%PWB)をかけて、杖と患脚を同時に接地・離地する二動作歩行とした。杖への荷重量を一定にするため、患脚足部には下肢部分荷重訓練装置(アニマ社)を装着した。実験に先立ち、被験者は部分荷重歩行の練習を行った。被験者間で歩行速度を一定にするためメトロノームを用いた。動作中の杖使用上肢の上腕二頭筋、上腕三頭筋、三角筋前部・中部・後部線維、大胸筋、広背筋の合計5筋に対して表面電極を用いて筋電図を導出した。筋電図は、サンプリング周波数1000Hzでパーソナルコンピュータに取り込み、10Hzから500Hzのバンドパスフィルタ処理を行い、全波整流した。動作中の筋活動量は、杖に20%PWBされている区間500msecを解析対象とし、積分値(IEMG)を算出した。各筋において等尺性最大随意収縮時の区間500msecの積分値をもとに、動作中の筋活動量を正規化した(%IEMG)。統計処理は分散分析を行い、事後検定にはFisherのPLSDを用いて、有意水準を5%以下とした。【結果】上腕二頭筋における各杖の%IEMGは、T杖では2.7%、Q杖では2.6%、L杖では1.4%であり、T杖とL杖、Q杖とL杖に有意差がみられた(p<0.01)。また、上腕三頭筋では、T杖34.5%、Q杖27.5%、L杖5.5%、三角筋中部線維では、T杖10.2%、Q杖9.0%、L杖3.0%であり、同様にT杖とL杖、Q杖とL杖に有意差がみられた(p<0.01)。三角筋後部線維では、T杖9.7%、Q杖6.9%、L杖2.1%であり、T杖とQ杖、T杖とL杖、Q杖とL杖に有意差がみられた(p<0.01)。その他の筋においては、有意な差はみられなかった。【考察】T杖・Q杖を使用した場合、L杖より上腕二頭筋、上腕三頭筋が有意に大きな値を示した。このことは、歩行中T杖・Q杖使用時には、肘関節モーメントが肩関節モーメントより大きくなることから推察される。また、T杖・Q杖を使用した場合、三角筋中部・後部線維がL杖より有意に大きくなった。この理由として、杖を制御する部位から肩関節までの距離がL杖に比べて、T杖・Q杖では長いことが影響していると考えられる。