抄録
【目的】膝関節可動域(ROM)制限を有する患者に対し,硬度を識別させる知覚運動課題を用いた治療の介入が有効であるかを2症例のシングルケース・デザインにて検討した.【症例紹介】対象は58歳男性,脛骨高原骨折(症例1),63歳男性,膝蓋骨開放性骨折及び足部脱臼骨折(症例2)である.それぞれ3週間,4週間の術後固定を行った後, ROM練習を開始した.2症例とも膝屈曲運動時の疼痛,防御的収縮が強く生じていた.ROM練習開始後,それぞれ1週,4週経過した時点でROMの改善が認められなかった.【方法】本人のインフォームド・コンセントを得た上で,基礎水準期と操作導入期を交互に繰り返すAlternative treatment designを用いた治療介入を開始することとした.基礎水準期(B期)では温熱療法,mobilization及び自動運動を行った.操作導入期(C期)では自動運動に代わり,知覚課題としてスポンジの硬度を膝関節の自動屈曲により,下腿後面で弁別させた.各治療期はランダムに5日間とし,計10日間のデータを収集した.独立変数は硬度弁別課題の効果とし,従属変数を膝関節ROMとした.各治療前後に側方からデジタルカメラにて自動・他動運動による膝最大屈曲を撮影し,その角度を求めた.またVisual Analogue Scale(VAS)によりROM練習時の疼痛強度を調査した.各治療の前後における自動・他動屈曲のROM差を比較するためにランダマイゼーション検定を用い,有意水準を5%とした.【結果】症例1では自動運動における治療前後の差はB期で平均3度,C期で7.7度であり,他動運動の差はそれぞれ平均2.2度,6.7度であった.症例2では治療前後の自動運動の差はB期で平均3.5度,C期で4.9度であり,他動運動の差はそれぞれ平均2.1度,4.4度であった.両症例とも自動・他動運動においてC期で統計学的に有意なROMの増加が認められた.VASの値は各期において両症例とも3から4の少ない疼痛であり,有意差は認められなかった.【考察】疼痛の強い患者に対し,他動的なROM練習を行うと反射性交感神経ジストロフィーなど二次的合併症が発生しやすい.そのため疼痛の強い時期には自動運動によるROM練習が原則とされている.しかし通常行なわれる自動運動では疼痛の生じる角度以上に可動範囲を拡大させることは困難である.知覚課題を用いた自動運動は従来の自動運動に比べROMの改善が大きかった.その理由として触・圧覚に注意を払うことによる上位からの変調作用,C線維系への干渉作用など皮質へ入力される侵害刺激の量が変調され,鎮痛効果があったと考えられる.患者自身も硬度を知覚するために積極的に自動屈曲運動を行えたものと推察する.以上より知覚課題を用いるROM練習の方法は疼痛の強い時期に有効であると考えられた.