抄録
【はじめに】当施設での理学療法は、マンパワー不足から頻度が限られ、効果的に運動学習を促すことが難しい。今回、痴呆老人に対し理学療法を行う際、音楽セラピスト(以下、MT)と共同してアプローチし、効果がみられた症例を経験したので報告する。【対象】症例は、78歳、女性。診断名は、老年期痴呆である。HDS-R(長谷川式簡易痴呆スケール)は7点である。ADLでは、ほぼすべてにおいて声掛け、見守りが必要である。2002年3月より、坐位、立位、歩行時に左への体幹の傾きが頻回に観察されるようになった。身体機能評価を行ったところ、筋力、関節可動域には問題は無く、左右の体幹の筋緊張に著しい差が観察された。徒手にて姿勢調節を行うと、正中位をとることが可能であった。そこで、この左右差のある筋緊張に対し、理学療法を行うこととなった。本人が、音楽に関して良好な反応を示すため、MTと共同して行うこととなった。【方法】2002年5月21日から8月20までの約3ヵ月間、言語指示にて動作遂行可能な痴呆老人4から5人のグループで1、2回/週の割合で行った。期間の前後は、MTを除いて行った。前述の左右差のある体幹の筋緊張は、将来の側彎発生の危険性を感じさせたため、側彎予防体操から運動プログラムの内容を決定し、背臥位、長坐位、腹臥位、四つ這い位、立位の5つの体位で左右上下肢を交互に動かすものを選択した。時間は、休憩を含んで約30分程度であった。各療法士の留意点として、PTは、(1)左右交互性の運動を確実に行う、(2)能力的に困難なものは介助で行うこと。MTは、(1)PT判断に即座に対応したキーボード演奏、(2)症例の既知音楽を中心とした演奏を心掛けた。事前に打ち合わせをし、運動の保持が必要な場面では、即時に音量、速度を調節した。評価項目は、(1)運動中の様子のビデオ撮影、(2)足圧中心移動距離、(3)足圧中心移動面積、(4)看護介護記録からのADLの変化、(5)プログラム実施中の運動能力を自作の評価用紙(全17項目、各項目7段階、-51点から51点)で評価し、理学療法期間前・中・後の比較を行った。【結果】(1)運動プログラム施行中は、プログラムを行う能力が高くなり、全般的に各項目の介助量が軽減された。(2)足圧中心距離と足圧中心移動面積は、期間中後を通して減少の傾向にあった。(3)カルテからのADLの変化はみられなかったが、左に傾くという介護・看護職員からの報告は減少した。現在もその状態は維持されている。【考察】痴呆老人に対し、運動学習をさせることは困難である場合が多い。しかし、今回は、間接的に症例の好む音楽を用いることにより、運動プログラムを目的通りに行うことが容易となり、偏った身体運動から左右交互性の身体運動へ導くことが可能となったと考えられる。また、運動プログラム終了後も効果は持続していると思われるのは、施設での生活で老人のなじみの音楽を利用する機会が多く、音楽を聴くことで、運動が促されるためと予想された。