抄録
【はじめに】私達は環境の特性を知覚しているが,環境の物理的な特性のみを知覚しているのではなく,自己についての特性をも参照した情報を知覚している。今回,間隙の通過能力を利用し成人片麻痺者(以下片麻痺者)が歩行の獲得に伴う身体スケーリングの変化について検討したのでここに報告する。【方法】対象は片麻痺者10名(右片麻痺者4名,左片麻痺者6名)平均年齢69.6歳。発症からの期間は0.94ヶ月。また高次神経機能障害,痴呆を伴わない測定内容が理解可能な者を選出した。身体の特性として肩幅(以下SW),目の高さ(以下EL)のを計測した。実験の装置はポリエチレン製の平面板を4枚用いて壁を作り間隙を設定した。間隙は35cmから80cmまで5cm間隔に設定した。手順として視覚的判断(以下VG)と実際に間隙を通過(以下PA)するのと二つの測定を行なった。VGは間隙を正面にしてEL×2の距離を観察点として間隙が肩を回さずに通れるかどうかをできる,できないの二件法にて判断した。PAは5m離れたところから通過してもらった。そして肩を回さないで通過したところを変換点として値をとった。分析方法はWarren,W.Hの方法を用い,間隙の幅をAとするとπ=A/SWとしπ数を算出した。片麻痺者の歩行が可能となった時点から歩行が自立(独歩可能な状態)までの測定を行い,比較を行なった。【結果】歩行が可能になった時点でのπ数の平均はVGで1.27±0.14,PAでは1.56±0.18,歩行自立の時点でのπ数の平均はVGで1.22±0.12,PAでは1.41±0.11でありPAで有意な差が認められた(p<0.01)。【考察】歩行が可能になることは身体において安定性の向上が必要となる。今回の結果からも歩行が可能になった時点と自立した時点でのPAでは有意な差が認められた。それは歩行が自立するための身体の安定性が向上するとともに身体スケーリングが大きく変化することが言える。つまり歩行が可能になることで身体の幅に対するサイズの知覚の精度が高くなり,身体スケーリングにおいて有意な幅の減少が認められる。それは間隙の知覚が身体を安定する為の定位システムによる影響が大きいと推察される。しかしVGでは身体スケーリングに有意な差が認められなかった。これはVGでは歩行の開始時点と自立時点での幅の知覚には変化がないということである。つまり身体スケーリングの過程において静的な場面と動的な場面では光学的流動の中で知覚するための定位システムに相違があることが考えられる。今後この定位システムの相違を明らかにしていくことは片麻痺の歩行能力を考えていく上で重要と思われる。また個々の片麻痺者の身体スケーリングの変化を検討していく必要性もある。