抄録
【背景と目的】我々は、虚血性心疾患患者が軽スポーツの再開を希望する際の筋力トレーニング目標値として、膝伸展筋力体重比55%を提案している。本研究の目的は、日常生活に支障をきたさないレベルの運動耐容能を目指す心疾患患者において、達成すべき下肢筋力の目標値を明らかにすることである。【対象と方法】回復期の急性心筋梗塞患者84名(男性71名、女性13名、年齢:61.2±10.4歳、身長:163.3±7.0cm、体重:64.2±11.4kg)を対象とした。トレッドミルによる運動負荷試験(Bruce法またはmodified Bruce法)を行い、運動耐容能の指標として速度と傾斜から推計されるMETsを記録した。下肢筋力の測定は、hand-held dynamometer (μTas MT-1,ANIMA)をNKテーブルに固定し、椅子座位、膝関節90°屈曲位の測定肢位で等尺性膝関節伸展筋力を測定し、筋力値は体重比(%BW)で表した。統計解析は、説明変数として年齢、性別(男=1、女=0)来院時の左室駆出率(LVEF)、Peak CK-MB、3枝病変の有無(有=1、無=0)、脳性ナトリウム利尿ペプチド(200pg/dl以上=1、以下=0)、300m歩行開始病日および下肢筋力を用い、目的変数である7METsの到達可否に影響する因子をロジスティック回帰分析により解析した。また、下肢筋力目標値は、感度と偽陽性率(1-特異度)からROC曲線を描き決定した。【結果と考察】7METsの到達可否を目的変数としたロジスティック回帰分析において、下肢筋力のみが有意な説明変数であった(オッズ比=1.134、P=0.007)。ROC曲線の感度と偽陽性率による目標値の検討では、45%BWがcutoff pointとして最も有用な値であった(感度=0.724、偽陽性率=0.125、精度=0.738)。7METsの運動耐容能を有する患者では、その70%相当の5METsレベルの労作を持続的に行うことが可能であり、休息をとりながらの階段昇降も可能なレベルと判断される。即ち、日常生活に支障のない運動耐容能は7METsであり、高度の心機能低下症例を除き達成すべき水準と思われる。一般に、運動耐容能を6METs以下から7METsに向上させると死亡のリスクが著しく減少することが知られ、さらに7METsの運動耐容能は米国心肺リハビリテーション学会のリスク層別化基準では低リスク群に分類されている。そこで、運動耐容能が7METsを下回る症例においては、日常生活の自立に際して、下肢筋力45%BWを目指すことが臨床的に有用と思われた。【結語】日常生活に支障をきたさないレベルの運動耐容能を目指す心疾患患者において、下肢筋力の目標値は45%BWであることが示された。