抄録
【はじめに】我々は、昨年の本学会で、運動時の心拍・呼吸・歩行リズム間の位相解析により、各リズム間の位相依存性を明らかにした。今回の研究では、複数の生体リズムがどのような様式で協調するのかを解明することを目的に、各リズム間の相互関係を定量的に評価する手法を提案し、リズム間の協調モード解析を行ったので報告する。【対象および方法】被験者は健康成人13名(年齢21-24歳、平均年齢22歳)である。評価項目は心拍、呼吸、歩行の3つのリズムで、心拍を双極誘導胸部心電図により検出し、呼吸は熱線型流量計(ミナトModel RF-2)を用いて検出した。また、歩行は被験者の靴底に装着したマイクロスイッチのon-off信号から歩行の接地相を検出した。被験者はトレッドミル上を4.5から6.5km/hの速度で歩行、運動時間は20から30分間行った。【データ解析】2つのリズム間の位相現象を確認するため、Synchrogramを用い、χ2(カイ自乗)分析を行った。また、心拍リズムゆらぎの変調を調べるため、Power- spectral Analysisを用い解析した。さらに、2つのリズム間の相関関係を調べる目的で、心拍リズムゆらぎ、呼吸、歩行の各時系列信号から相互情報量を求め、これをラグタイムシフトさせたものをCross-mutual information(以下CMI)と定義し、これを統計的な依存関係の強さを表す指標として用いた。【結果および考察】Synchrogramおよびχ2分析により、心拍と歩行、心拍と呼吸、呼吸と歩行の何れの各リズム間においても同期現象が確認された。心拍ゆらぎの呼吸性変調のパワースペクトルでは、運動直後からの平均呼吸周波数はある一定の値を呈しているが、位相同期に伴い減少が見られた。これは、呼吸性不整脈(RSA)成分の減弱に一致する現象と思われる。これに対し、心拍ゆらぎの歩行変調パワースペクトルでは、平均歩行周波数は位相同期に関わらず一定に保たれていた。CMIの結果から、心拍リズムは呼吸リズムと双方向性に相互作用しあい、また歩行リズムは心拍リズムに対して影響を及ぼすが、その逆は弱く、一方向性であることが示唆された。CMIと各リズム間のSynchrogramとの対応関係を検討した結果、心拍と歩行リズム間の同期時にはCMIが高くなり、協調が強化された。心拍と呼吸リズム間のCMIは減弱する場合と強化される場合があった。理由は不明であるが、心臓のリズムは他の内因性リズムとの相互作用を受けやすい場合と受けにくい場合があるものと推測された。先行研究において、位相同期現象はエネルギー効率の最適化や運動筋への血液供給の最適化との関連があると報告されている。本研究の結果から歩行様式の違いや呼吸方法の違いにより、各リズム間の相互作用が崩れることが考えられる。CMIは、相互作用を表す指標となることから、生体機能の一つの評価方法として用いることができると考えられる。