抄録
【はじめに】人はどのようにして運動を習得していくのであろうか? その過程を捉えることは難しいことである。今回その一端を解き明かすために、「手で触れて点の位置を覚える」課題を行ない、その様相について客観的および主観的側面からの検討を試みた。【対象】神経疾患および上肢の運動器疾患を有しない健常な男女11名(23から39歳)(実験への同意を得た者)を対象とし、6名を実験群、5名を対照群とした。【方法】被験者ははじめから目隠しをした状態で、A3用紙上の3点A、B、C(各点には直径8mmのシールが貼ってある)に左手示指で触れていき、3点の位置を覚える課題を行なった。3点がどこにあると思うか指し示す「テスト(以下T)」、わかってきたか・どう感じたかを自由に答える「インタビュー(以下I)」、被験者が60秒間自由に紙に触れて覚える「練習(以下P)」を繰り返した。実験群への手順はT1、I、P、T2、I、目隠しを外してI、再び目隠ししてT3、I、P、T4、Iとした。対象群への手順はT1、I、P、T2、I、P、T3、Iとした。Tでは被験者が示した位置と実際の点との距離を記録し、Iで述べた内容は録音し、それぞれ分析した。【結果】実験群での3点における被験者が示した点と実際の点の距離の平均は、T1:39.1mm、T2:20.9mm、T3:30.6mm、T4:23.4mmで、前後のテスト間でt-検定を行なったところT1T2間で有意差(p<.05)が認められた。対照群での距離の平均は、T1:46.9mm、T2:23.5mm、T3:20.9mmで、T1T2間で有意差(p<.05)が認められた。インタビューの回答は運動精度、点の左右の違い、身体イメージと視覚イメージ、距離感、方略、分かる・分からない、意識の焦点、精神的緊張など多岐の項目にわたった。課題時の意識の向け方は、上肢の角度を感じる、点の位置の図を思い描く、あまり意識せず身体で感じるなどの回答があった。実験群で目隠しを外したことについては、実験群6名中5名が運動のみでの位置のイメージと視覚による実際の位置のイメージが異なる(実際より遠く感じる)ことで「難しくなった」と述べている。【考察とまとめ】T1からT2での距離の減少(成績の向上)は能動的な練習によるものである。興味深いのは実験群のT2からT3にかけての距離の増大(成績の低下)で、インタビューの回答から解釈すれば「閉眼で習得した運動感覚・位置感覚と視覚による空間イメージが整合できず混乱した」と考えられる。一方対照群では、全体を通してあまり試行錯誤しない(2名)か試行錯誤してもT2以降めだった成績向上は見られなかった(3名)。 以上より、運動学習は視覚の与え方に影響されることが示唆された。また、人間は学習する際さまざまな知覚・認知・思考など内的過程があると考えられた。