抄録
【はじめに】脳卒中片麻痺患者の上肢機能の改善の背景には姿勢のコントロール,特に抗重力活動の促通が重要である.しかし,抗重力姿勢が上肢の皮質脊髄系にどのような影響を及ぼすかは分っていない.そこで今回,健常成人で姿勢の違いが手指の皮質運動細胞の興奮性に与える影響について経頭蓋磁気刺激(TMS)と末梢電気刺激(F波)を用いて検討した.【対象】TMSを用いた実験では健常成人6名(男5,女1名,年齢29.0歳,全例右利き)とし、F波による実験では健常成人4名(男4名,年齢25.5歳,全例右利き)を対象とした.【方法】ニッタ製タクタイルセンサーBIGMAT(殿部と足底圧を測定)と,ライブラリー製2次元動作解析装置Move-TR32(側方より計測)を用いて3つの姿勢条件を設定し,TMS とF波を測定した.姿勢1:後方に姿勢を崩した坐位(圧分布は左右均等で殿部後面から仙骨で高く,両足底は低い.身体アライメントは耳介と肩峰を結ぶ線が床面に対し垂直,肩峰と大転子を結ぶ線に対し大転子と膝裂隙を結ぶ線が120度).姿勢2:抗重力伸展活動を伴う坐位(圧分布は左右均等で両坐骨部,両足底が高い.耳介・肩峰・大転子を結ぶ線が床面に対し垂直となり,その線に対し大転子と膝裂隙を結ぶ線が90度).姿勢3:立位(圧分布は両足底のみで左右均等.耳介・肩峰・大転子・膝裂隙・外果を結ぶ線は床面に対し垂直).すべての姿勢で両上肢は,体側で鉛直方向に垂らした状態とした.【実験デザイン】実験1-TMS:TMSには磁気刺激装置MAGSTIM200と8字コイルを使用し,被検筋は右手第一背側骨間筋(FDI)とした.TMSより生じた運動誘発電位(MEP)はNEC製Synax1200で増幅後,10kHzでA-D変換し分析した.刺激部位は左頭頂部で手の運動領域とし,刺激強度はMEP閾値の120%とした.実験はブロックデザインで行い,各姿勢条件を3ブロックづつ,合計9ブロックを擬似ランダムに行った.1ブロックにつきTMSを刺激間隔10秒で5刺激行った.各ブロックの前に1分間,次の姿勢を準備した.実験後MEPの加算平均波形を求め,潜時と振幅を計測した. 実験2-F波:電気刺激は尺骨神経に対して行い,FDIよりF波を求めた.実験1と同様ブロックデザインで行い,1ブロックにつき20刺激行った(刺激頻度1Hz).実験後,F波の加算平均波形を求め,潜時と振幅を計測した.【結果】全例問題なく実験を完了できた.実験1:後方に姿勢を崩した坐位に比べ,抗重力伸展活動を伴う坐位と立位のMEP振幅は有意に増していた(one-wayANOVA,p<0.01;post-hoc test,p<0.05).抗重力伸展活動を伴う坐位と立位の間にMEP振幅の有意差はなかった.実験2:各条件間でF波振幅に有意な差は認めなかった(one-wayANOVA).一方,潜時は実験1,2とも各条件間で有意な差はなかった.【考察】姿勢の違いは手指の運動野の興奮性を変化させ,特に抗重力姿勢で興奮性を増した.これは,抗重力姿勢が手指の機能回復に重要という臨床的知見を支持するものと考える.