抄録
【目的】自・他動運動に関わらず、円滑な関節運動を行うにはそれ相応の滑動機構の存在が不可欠である。その観点に立てば肩甲下筋の滑動機構の存在も例外ではないと考えるが、その存在を示した文献等は見当たらない。そこで今回遺体を用いて肩回旋時の肩甲下筋の滑動機構について調べたのでここに報告する。
【対象】熊本大学形態構築学分野の遺体で、左肩4関節を使用した。
【方法】肩関節周囲の軟部組織を切断せずに肩甲骨と上腕骨を取り外し、下垂位のまま肩甲棘の高さで水平に切断し、頭方と尾方の2標本に分割した。肩甲下筋の滑動について各標本の骨頭を回旋させることで観察した。
【結果】想定される滑動機構を肩甲下筋背側の滑動機構(以下、背側滑動機構)と腹側の滑動機構(以下、腹側滑動機構)とに大別し、回旋時に肩甲下筋と対面する部位と、各滑動機構の介在構成体及びその形態的変化について示す。
1)背側滑動機構:まず頭方側での内旋では、肩甲下筋と烏口突起基部が対面し、この場合の介在構成体である肩甲下滑液包(以下、SSB)は内側に陥入した。外旋では肩甲下筋と骨頭が対面し、この場合の介在構成体であるSSBは外側に引き出された。次に尾方側での内旋では、肩甲下筋と臼蓋・肩甲頚部が対面し、この場合の介在構成体である前下方関節包は内側に袋状に折り返り、SSBは内側に陥入した。外旋では肩甲下筋と骨頭及び臼蓋が対面し、この場合の介在構成体である前下方関節包とSSBはともに伸張されていた。
2)腹側滑動機構:頭・尾方側とも、内旋では肩甲下筋と烏口腕筋が対面し、この場合の介在構成体である肩甲下筋の腹側にある袋状の膜(以下、肩甲下筋外包)は内側に移動し、その中央部から烏口腕筋の外側縁に存在する平面状の膜(以下、烏口腕筋下膜)は内側に袋状に折り返った。外旋では肩甲下筋と烏口腕筋及び三角筋前部が対面し、この場合の介在構成体である肩甲下筋外包の内側半分は烏口腕筋との間で伸張され、肩甲下筋外包の外側半分と烏口腕筋下膜は三角筋前部との間で伸張された。
【考察】背側滑動機構に関し,頭側ではSSBのみを認め、これは関節腔と交通している解剖学的事実及び関節造影よりSSBへの造影剤の交通を契機に可動性の改善を認めることがある臨床的事実より、SSBが滑動機構の介在構成体と考えられる。尾側では、内旋運動にて関節包の前下方部分は折り返ることと、外旋運動にて関節包前下方部は、骨頭を覆うように伸張されることにより関節包の前下方部分が介在構成体と考えられる。一方,腹側滑動機構に関し、頭・尾方ともに、内旋運動にて烏口腕筋下膜が折り返りかつ肩甲下筋外方が内側に移動することにより、この二つの組織が、滑動機構の介在構成体と考えられる。外旋運動では、三角筋前部及び烏口腕筋背側を烏口腕筋下膜と肩甲下筋外包が伸張されることで滑動することにより、この二つの組織が、滑動機構の介在構成体と考えられる。