抄録
【目的】これまでに、歩行に関して多くの研究が成され、その結果をもとに治療法が変化し、新しい装具の開発も行われている。その中で、立脚初期の分析は、歩行速度と下肢関節モーメントの関係、膝関節・股関節モーメント及び関節角度の関係を分析したものが多く、下肢関節モーメントと体幹の関係を分析した研究は少ない。今回は、立脚初期の制動能力に着目し、脳卒中片麻痺(CVA)患者がどのようにして制動しているのか下肢関節モーメントだけでなく、体幹についても分析し若干の知見を得たので報告する。
【対象】歩行可能なCVA患者で、屋外歩行群8名(A群、平均年齢58.6±13.3歳、左麻痺5名、右麻痺3名)と屋内歩行群9名(B群、平均年齢61.9±15.9歳、左麻痺8名、右麻痺1名)とに分別した。
【方法】アニマ社製3次元動作解析装置LocusMA6250(カメラ4台)を用い、5m間の自由歩行を裸足・杖なしの条件で計測した。計測時間は5秒間、サンプリング周波数は60Hzとした。マーカーは頭頂・両肩峰・両股関節・両膝裂隙・両外果・両第5中足骨頭の計11箇所に付着した。分析パラメータは、ステップ長、ストライド長、踵接地直後の麻痺側及び非麻痺側の床反力後方成分最大値、その時の床反力鉛直(Fz)方向成分、股・膝・足関節モーメント及び関節角度、矢状面での体幹角度、水平面での骨盤回旋角度をそれぞれ算出した。なお、統計学的処理は、等分散の検定後、母平均の差の検定を行った。
【結果】麻痺側と非麻痺側で、股関節屈曲モーメントは麻痺側が有意(p<0.05)に増大し、骨盤回旋角度は麻痺側が有意(p<0.05)に減少していた。A群とB群で、Fz方向成分はA群が有意(p<0.05)に増大、膝関節伸展モーメントはA群が有意(p<0.05)に増大、骨盤回旋角度はA群が有意(p<0.05)に増加していた。
【考察及びまとめ】通常立脚初期では骨盤が前方回旋し、股関節伸展・膝関節伸展・足関節背屈モーメント(踵接地時)により衝撃吸収され重心移動が円滑に行われている。今回の結果から、体幹運動に有意差はなく、CVA患者は麻痺側立脚初期に骨盤の前方回旋が得られない為、股関節伸展モーメントが発揮しづらく、重心の前方移動が制限されているのではないかと思われた。特にB群では骨盤は後方へ回旋しており、膝関節に発生する伸展モーメントが減少し、重心の前方移動が制限されていると思われた。これにより、重心が後方へ残った状態での立脚初期となり、麻痺側下肢にかかる負荷が軽減されているのではないかと考えられた。このことから、歩行レベルにより制動能力に差が生まれており、立脚初期の制動能力は歩行に影響を及ぼす一つの因子であると考えられた。