抄録
【目的】椅子からの立ち上がり動作において体幹前傾運動は必須の運動であり,身体重心を前方移動させる作用を持つ.一方,この体幹前傾運動は下肢関節に影響を与えているとされており,本研究では体幹前傾運動と下肢関節との関係を明らかにすることを目的として関節モーメントを指標とした分析を行った.
【方法】承認された倫理審査に従って研究の趣旨と内容の説明を行い,参加の同意を得られた健常成人男性10名(平均年齢25.1±5.9歳,平均身長173.8±5.9 cm,平均体重67.8±8.9 kg)を対象とした.
三次元動作解析装置(Oxford Metrics社製VICON370)と床反力計(Kistler社製)を用いて,各被験者の大腿が床面と水平になる高さの椅子から,通常の立ち上がり(条件1)と体幹をできるだけ前傾しない立ち上がり(条件2)の計測を行った.赤外線反射マーカーを被験者の頭頂,C7・Th12・S2と両側の耳垂,肩峰,上前腸骨棘,股関節,膝関節,足関節,第5中足骨に貼付し,動作中の標点位置と床反力データから,矢状面に投影された体幹傾斜角度・身体重心位置・下肢関節モーメントを算出した.検定はSPSSを用い5 %の危険率にて対応のあるt検定と相関・回帰分析を行った.
【結果】殿部離床時の体幹前傾角度は,条件1では36.2±6.5度,条件2では19.4±6.9度であった.条件1に比較して,条件2では股関節伸展モーメント・足関節底屈モーメントの減少と膝関節伸展モーメントの増加が殿部離床時および最大値にてみられた.身体重心は後方に位置していた.さらに条件2では股関節伸展モーメントが殿部離床時に最大になった後に膝関節伸展モーメントが最大値を示しており,関節モーメントの発揮が二極化していた.
体幹前傾角度と下肢関節モーメントとは相関しており,最も強い相関は殿部離床時の体幹前傾角度と膝関節最大伸展モーメント値であった(r=0.738).回帰関数はy=0.738x+1.356(R2=0.544)となった.さらに,股関節伸展モーメントでは上部体幹と下部体幹角度に,膝関節伸展モーメントでは頭頚部と上部体幹角度とに相関を認めた.
【考察】立ち上がり動作における体幹前傾角度の影響はすべての下肢関節モーメントで認められ,動作中の身体重心が後方化したことを反映するものと考えられた.さらに頭頚部の動きは膝関節,下部体幹の動きは股関節,上部体幹の運動は股関節,膝関節の双方と関係があり,体幹の分節運動の必要性が示唆された.
殿部離床後における身体重心の上方移動は大腿部の伸展による膝関節伸展運動でなされている.体幹の前傾を減じた立ち上がり方法では,身体重心上方移動に必要な大腿部へのエネルギー増加の多くを膝関節伸展モーメントによって供給するために膝関節への負担の増加が生じると考えられた.