抄録
【はじめに】
スリングエクササイズセラピー(以下,SET)における全身ハンギング肢位は,免荷されることで抗重力筋に対する筋緊張の低下や関節の疼痛緩解を可能とする.しかし,こういった効果を客観的に検討した例は少ない.今回はSETによる効果を比較・検討するために背臥位に着目し,SETを用いた時と用いない時での経時的な生理的変化を検討した。
【対象と方法】
対象は健常成人男性19名,平均年齢24.7歳±5.6歳であり,SET施行群(以下,SET群) 9名,ベッド上安静背臥位群(以下,背臥位群)10名とした.方法は,SET群はセラピーマスター(Nordisk Terapi Co.)を用いて全身ハンギング肢位,背臥位群はベッド上での安静背臥位を開始肢位とした.測定は,医用サーモグラフィ装置サーモトレーサ (NEC三栄,TH5108ME)を用いて,手部・前腕部・肩甲帯の温度を5分毎に記録した.同時にベッドサイドモニタ(日本光電,BSM‐1101)を用いて,血圧,心拍数の記録も行なった.検定はPaired t‐testを用いた.
【結果】
SET群の手部における温度変化では,開始直後から5,10,15分は温度が上昇し(p<0.05),15分以降は15,20分と温度が低下した(p<0.05).前腕部では5分後から10,15分において温度が低下し(p<0.05),肩甲帯では開始直後からすべての時間帯(5,10分ではp<0.01,15,20分ではp<0.001)で温度が低下した.心拍数は5分後から15分まで減少した(p<0.01).血圧は低下傾向を示したが有意差はなかった.一方,背臥位群の手部における温度変化では,開始直後から5,10分は温度が上昇し(p<0.001),10分以降は15,20分と温度が低下した(p<0.05).前腕部,肩甲帯では,開始直後から全ての時間帯で温度低下を示した(p<0.001).
【考察】
両群とも手部での温度上昇が見られたことから末梢血流量の増加が示唆される.心拍数は5分から15分まで減少している.血圧は,収縮期・拡張期ともに低下傾向を示した.これらの結果より副交感神経優位な状態にあると考えられる.前腕部,肩甲帯の温度変化については,安静という活動量の減少に伴い筋活動が低下したことにより,温度の低下がみられたと考える.
今回は,SETにおける全身ハンギング肢位の効果を検討したが,安静背臥位時に近い効果が得られた.SETを用いる事の利点として,ハンギングすることで各関節を任意の位置に設定することができ,被施行者にとっては免荷による負担の軽減,あるいは疼痛の出現しにくい位置での関節保持が可能となる.施行者にとっては第3の手となることで免荷機能を要し,誘導・促通の補助的な手段となる.このことから背臥位で治療を行なう際にSETを用いて行なう事は有用であると考える.