抄録
【はじめに】
転倒を未然に防ぐことは理学療法士として重要な課題であるが,日常生活に関連した簡便かつ効果的なバランス訓練,福祉機器の開発には至っていないのが現状である.これまで我々は立位バランス制御に重要と思われる体性感覚に注目し,足底面への振動刺激が支持基底面を超えない範囲で姿勢制御に影響をおよぼす可能性を示した.本研究では,小型振動子を用いて足底面のより限局された部位に与えられた振動刺激が立位バランスにおよぼす影響について検討した.加えて,足底面振動刺激による若年者および高齢者の姿勢制御特性を比較分析することで,特に高齢者のバランス能力を維持・向上させるための立位バランス制御システム開発の基礎研究とすることを目標とした.
【対象および方法】
被験者は健常な若年者10名(平均24.4歳),介護老人保健施設に入所する高齢者9名(平均年齢(平均86.8歳)とした.対象は神経学的な疾患がなく,下肢に重篤な整形外科学的な既往のない独歩が可能な者とした.実験に際しては事前に十分な説明を行い,書面により承諾を得た.実験は左右各4個の小型振動子を埋め込んだ足型マットを重心動揺計(共和電業社製)上に設置し,被験者はこの上に裸足,閉眼でリラックスして立位を保持した.約5秒間の静止立位後,5秒間の足底への振動刺激を加え,計20秒間の計測を実施した.振動を与える部位は右足部,左足部,両前足部,両踵部の計4条件とし,各2回施行した.なお,重心動揺測定項目は足圧中心軌跡(COP)変位,同標準偏差,総軌跡長,偏差円半径とし,振動前・振動中・振動後の各5秒間を比較検討した.
【結果】
振動前・中・後の比較では,両群とも両踵部条件の振動中において,振動前に比べCOPが前方へ平均5.4[mm]移動した(ともにp<0.05).その他の3条件に関しては,両前足部条件で後方へ平均2.3[mm],右足部条件で左方向へ平均3.0[mm],左足部条件で右方向へ平均0.4[mm]移動したが有意差は認められなかった.しかしながら,振動刺激呈示部位とは反対側へCOPが移動する一定の傾向が認められた.若年者群と高齢者群との比較では,高齢者群が有意に重心動揺軌跡長,重心動揺標準偏差円半径が大となった.
【考察】
重心動揺分析結果から,足底面の限られた部位への振動刺激はCOP変位に影響をおよぼすと考えられた.特に前後方向刺激時において,振動が呈示された部位と逆方向にCOPが変位する傾向が両群に認められた.しかしながら,高齢者群のCOP変位は若年者群に比べ振動刺激の影響が小さかった.このため今後の課題として高齢者がより認識しやすい振動刺激振幅,刺激時間,部位などの検討を加える必要性が見出された.以上より,本振動刺激装置がバランス再学習や姿勢調節に際して感覚フィードバックもしくは注意喚起として有効である可能性が示唆された.