抄録
【目的】半側空間無視患者に対する線分抹消などの机上検査は患者の無視状況を把握する上で重要であるが,患者自身の身体イメージとしての自画像描写やその意識の状態をどのように言語表現するかという観点から分析した報告は少ない。今回,半側空間無視を合併した片麻痺患者に身体イメージ検査として自画像を描いてもらうと共に患者自身が意識する左側身体の言語表現を聴取したので報告する。
【対象と方法】慢性期の脳卒中片麻痺患者にて机上検査で半側空間無視が明瞭に出現している左片麻痺患者(以下:症例1)と無視は改善傾向にあるものの完治はしていない左片麻痺患者(以下:症例2)の2名を対象とした。本2症例とも麻痺側上下肢に重度の感覚障害と運動機能障害を呈しており,端座位保持には右上肢による支持が必要であり,ADLでは重度の介助を要する状態であった。本2症例に開眼時と閉眼時における自画像の描写と,患者自身が自己身体をどのように意識しているのかをインタビューにて聴取した。患者には一般的な机上検査である線分抹消,図形模写,等を行い無視症状が見られることを確認し,続いてB4版の紙に鉛筆にて自画像を右手で描くことを求めた。
【結果】症例1:自画像は開眼,閉眼共に顔面を抽象的に描いたものの四肢体幹においてはほとんど描けていなかった。自己の身体イメージに関しては「(左は)自分のものでない様な感じ」などの病態否認や「(臥床時)左半身は右より低い」「右は空気が入っているけど左は空気が入っていない」など全身的な身体イメージの意見が中心であった。症例2:開眼での自画像において顔面の右側,体幹,右上下肢は描いたが,左上下肢は曖昧であり末梢部分に関しては描けていなかった。閉眼では顔面は描けるものの身体部分に関しては全体的に曖昧であった。自己の身体イメージでは「(座位時)左のおしりは無い感じがする」「(手足は)先にいくほど,ぼやけている」「(左上下肢は)張りがない」という抽象的ではあるが症例1に比べると身体を部分的に指すような意見が聞かれた。
【考察】半側空間無視患者が鏡面自画像を描写する際に左側を無視する傾向があること,風景(記憶)を心的にイメージする際にも左側の無視が出現することは既に報告されている。今回の結果においては半側空間無視患者が開閉眼いずれも自画像描写において左側を無視することが確認できた。また,インタビューによる患者自身が左側身体をどのように意識しているかについては,本2症例とも左側身体に関する言語表現が抽象的ではあったが,その言語表現のなかには感覚質(クオリア)的な一人称表現が含まれていた。今後,こうした言語表現を多数例から集積することで半側空間無視患者がどのように左側外部空間を認識しているのか,また自己の身体イメージとしての内部空間を認識しているかをより厳密に分析してゆける可能性があると思われる。