抄録
【目的】糖尿病患者,とくに糖尿病多発性神経障害を有する患者では,健常者と比較し重心動揺が著しく,その重要な要因として下肢振動覚の低下が報告されており,一般的に糖尿病患者のバランス能力低下は下肢感覚障害に基づくものとされている。屋内歩行が自立の患者を対象にした最近の研究では,下肢筋力水準の低下によって,片脚立位時間の減少を認めることが報告されている。一方,糖尿病患者においても健常者と比較し下肢筋力水準が低下していることが報告されているが,バランス能力について,予備能の低下した下肢筋力をふまえて検討した報告は少ない。そこで今回,下肢筋力と振動覚を測定し,片脚立位能力への影響について検討した。
【対象と方法】対象は当院で教育入院し,運動療法を実施した2型糖尿病患者35名(男性18名,女性17名),平均年齢54.3歳,平均BMI26.5kg/m2,平均罹患年数6.9年とした。下肢筋力はMIORET(川崎重工社製)を用い,膝関節屈曲90度での等尺性膝伸展筋力を左右測定し,左右平均を体重で除した値を下肢筋力値として採用した。下肢振動覚はC128音叉を用いて,両側内踝を検査した。片脚立位は60秒を上限として開眼で左右3回ずつ測定し,左右最高値の平均を採用した。得られた結果について,片脚立位時間,年齢,性別,BMI,糖尿病罹患年数,下肢筋力,振動覚は正常・低下の2群に分け,統計解析の変数とし,片脚立位時間との関係をピアソン相関係数検定によって検討した。また,片脚立位時間を目的変数,年齢,性別,BMI,糖尿病罹患年数,下肢筋力,振動覚を説明変数として,重回帰分析を行った。
【結果】下肢筋力は男性平均0.69±0.16kg/kg,女性平均0.39±0.11kg/kgであり,対象の6割が一般健常者の筋力水準を下回っていた。振動覚の低下は13名に認められた。片脚立位時間が標準値以下の患者は9名であり(最高値16秒,平均9.5±3.9秒),他26名は40秒以上の片脚立位が可能であった。また,片脚立位時間が標準値以下であった9名の筋力水準は一般健常者の値を下回っており,6名に振動覚の低下を認めた。片脚立位時間と下肢筋力の間には,有意な相関が認められ(r=0.445,p<0.007),重回帰分析においては,下肢筋力が有意な説明変数であった(β=0.445,t=2.936)。
【考察】片脚立位時間は下肢筋力と有意な相関があり,重回帰分析でも下肢筋力が有意な説明変数であったことは,糖尿病患者においても片脚立位能力に下肢筋力が大きく関与する結果と考えられる。また,片脚立位時間が標準値以下であった患者の下肢筋力水準は,健常者と比較し低下しており,糖尿病患者における片脚立位能力低下の背景には,下肢感覚障害はもちろんのことであるが,下肢筋力水準の低下が関与することを示唆する結果と考えられた。