抄録
【はじめに】歩行動作は,重力を推進力として上手く使っているとされている.過去の報告では前後運動は,比較的受動的な運動であり,一方側方運動ついては,能動的な運動制御の必要性が指摘されている.歩行開始動作においても,定常歩行に達するまでの身体の前傾移動では自由倒立振子様の運動をするとされ,重力を利用した運動制御が含まれている.しかし,現在まで歩行開始・障害物の昇降動作に関する報告は比較的少ない.本研究では,歩行開始動作における前後・側方方向の運動に関係する重力トルク成分のパターン変化について検討したので報告する.
【方法】対象は,健常成人6名とした.床反力上に両腕を組み安静立位から障害物のない状態もしくは障害物を昇段し,その後通常歩行に移行する動作を行わせた.障害物の段の高さは,段なし,15・30cmの3種類で自由速度・遅い・速い速度での歩行開始動作の計9種類の動作をランダムに試行した.
被検者には,赤外線反射マーカ17個をランドマークに貼付し,三次元動作解析装置(Loucus MA6250 アニマ社製)の赤外線カメラ4台と床反力計2基(アニマ社製)を同期させ計測した.なお,サンプリング周波数は,60Hzとした.
データ解析は、剛体リンクモデルを用いて各動作時の腰部関節(骨盤と胸郭の間に仮定された関節)に対する慣性項によるトルク成分(INA) ,運動に依存するトルク成分(MDT),重力によるトルク成分(GRA) ,筋トルク(MUS)のパターン変化を前後・側方方向それぞれ算出した.各トルク成分は,体重で補正した.
【結果・考察】実際に身体に作用する正味の合力トルクは,MDT,GRA,MUSによるトルク成分の合計値である.これら各モーメントの貢献度を見ることにより身体運動の制御様式を探ることが可能となる(Hoyら 1985).
各動作において前後方向における腰部関節の各トルクパターン変化は,歩行開始期から支持脚が単脚支持期に移行するに従いMDTとGRAが釣り合いMUSはその中点に位置し小さくなっている傾向にあった.これは,運動に伴う上体に作用する重力の変化を上手く利用した運動制御が行われていることを示している.歩行開始動作の前後移動は,筋活動によって体重心を前方に押し出すというよりも,重力作用により身体を前方に倒す受動的な運動が必要と指摘されており,倒立振子様の運動を支持する傾向が見られた.
一方腰部関節の側方方向における各トルク成分パターン変化は,歩行開始期から単脚支持期に移行するに従いMDTとMUSが作用している傾向にあった.これは側方制御では,能動的な運動制御が必要であることを示唆していると考えられる.