抄録
【目的】
正常歩行ではどのような環境においても床反力の変動は一定の範囲内に集束し,安定した歩行が可能となると言われている.一方で,歩行不安定性を有する高齢者では,立脚初期の床反力ベクトルを一定の範囲内に集束させることができず,歩行不安定性を引き起こしている可能性が示唆される.そこで,本研究では高齢者における歩行時の床反力ベクトルの変動幅と歩行の不安定性との関係について検討した.
【方法】
対象は高齢者20名(男性10名,女性10名,平均年齢71.5歳±4.3歳),若年者10名(男性5名,女性5名,平均年齢26.3歳±7.2歳)とした.運動計測には三次元動作解析システム(VICON MOTION SYSTEMS社製VICON612,AMTI社製床反力計)を用いた.被検者の体表面にマーカを装着し,自由歩行を計測した.観察項目は立脚初期床反力第一ピーク時の床反力ベクトルと股関節-足関節を結んだ直線(以下,下肢先端ベクトル)とのなす角度(LC角)を算出した.尚,LC角度の極性は矢状面内進行方向を正,後方を負とした.被験者毎に10歩の歩行データをサンプリングし,LC角度を求め,その変動幅を健常者と高齢者の2群間で比較を行なった.統計学的検定にはwilcoxon検定を用い有意水準を5%未満とした.
【結果】
下肢先端ベクトルに対する床反力のLC角は健常者-0.09±1.34度,高齢者-1.03±3.43度であった.下肢先端ベクトルは健常者-9.19±1.76度,高齢者-6.73±0.33度であった.健常者と高齢者の比較においてLC角,下肢先端ベクトルは共に有意差を認めた(p<0.05).立脚初期の床反力ピーク時に健常者ではLC角の傾きはほぼ一定となるが,高齢者のLC角は負の方向で高値を示し,変動幅が大きいという傾向が認められた.また,健常者は下肢先端ベクトル方向を変化させているのに対し,高齢者では一定であることが認められた.
【考察】
健常者の床反力ベクトルの変動幅は小さく,下肢先端で出力される力の向きは常に下肢先端ベクトルと一致し,再現性のある安定した歩行となっていた.このような歩行形態を実現できるのは,下肢のアライメントを状況にあわせてステップ毎に変化させることができるからである.下肢のアライメントを自在に変化させるには,単関節筋による分離した下肢関節のコントロールが必要不可欠な要素となる.一方,高齢者では,LC角の変化が一歩毎に大きく,下肢先端で出力される力の向きが大きく変動する歩行であった.高齢者は健常者に比べ単関節筋の出力が低下し,二関節筋優位の筋活動様式となる.したがって,高齢者は二関節筋のみで下肢アライメントを構築するため分離した下肢関節のコントロールが出来ずに,下肢先端で出力される力の向きが変動し,不安定な歩行となるのではないだろうか.