抄録
【目的】脳卒中をはじめとする中枢神経系の損傷から運動系に障害を持つ症例にとって,関節の方向を再学習することは,機能を再獲得するために重要な課題である。Classenらは,健常人でも運動を単純に繰り返すだけで,経頭蓋磁気刺激(Transcranial Magnetic Stimulation)を使用して第一次運動野の皮質脊髄路の再現性(第一次運動野の神経細胞が持つ運動の方向性)が変化することを示した。セラピストが,脳損傷による運動障害に対する治療の背景にも,このような神経生理学的要素が含まれていると考えられる。しかし,新しく獲得したい運動方向を促すことは簡単には出来ず,身体運動を機能的になるまでの習得には時間が必要となり,時には獲得できないことが多くある。学習させる反復運動の中で,何が悪い影響を与えているのであろうか。今回の研究では,徒手的な運動の中でその動かすリズムを一定に保つことと,不定期にすることで,新しい運動を獲得するまでの時間に差が生じるのではないかと考えた。つまり,運動の反復運動を不定期な間隔で行うことと,運動の反復の間隔を一定にし,定期的な間隔で行うことで比較した。これにより治療の中で反復する運動をどのようにさせるかが,運動の再現性の変化を容易にするかを調べた。
【方法】整形外科的にも神経内科的にも問題を持たない,9人の健常人(男性4名,女性5名)(平均年齢,21.5±2.4歳)を対象とした。これらの対象者には,実験の内容を十分に説明し,理解して頂いてから参加して頂いた。2つの課題は,再現性の変化が影響しないよう1週間以上の間隔を空けて施行し,運動再現性の変化にどのような影響を与えるかを比較した。機材として,経頭蓋磁気刺激装置(日本光電社,SMN-1200),刺激用8字形コイル(日本光電社製,YM-131B)を用い,加速度計(KISLER社製エキゾビーム加速度計,8692B)で計測した。課題とする2つの運動群は,課題1)メトロノームに合わせた拇指の単純な反復運動,課題2)メトロノームに沿った拇指の反復運動で,不定期(4回に1回の頻度)に音を止めその時は運動を行わない,という課題である。両課題ともに促す運動の方向はTMSで誘発された方向の180度反対の方向である。
【結果と考察】運動直後は,課題1),2)ともに,課題とした運動方向に再現性が変化した。しかし課題1)は,運動方向を変更させていた時間が平均10.6分間,課題2)では,運動再現性の方向が課題運動前に戻るまでの時間は平均2.3分間であった。以上から,運動を変化させるには,課題1)の方が有効であると考えられる。脳損傷後症例の治療でも,新しい方向へに運動を促す時には,課題I)の方が効果があると考えられ,積極的に治療として使うべきであると考える。