抄録
【目的】脳卒中患者の運動回復を最適にするため、運動イメージの使用が注目されている。運動の錯覚的視覚フィードバックを与える鏡治療は、視覚的イメージに関連し、Ramachandranらの報告にて片麻痺患者のリハビリテーションで有用とある。運動イメージを顕在化する為にDecetyらは、心的時間測定(mental chronometry)を用いている。鏡治療と心的時間測定を用いた松尾らの先行研究では、中高年者での評価は行っていない。そこで今回我々は、健常中高年者の非利き手での書字課題を用いて、実際、あるいは心的な課題遂行時間の比率と鏡治療の影響を評価した。
【方法】健常中高年者26名(男性10名、女性16名、全て右利き)、平均年齢59±5.6歳(52-69歳)を対象とした。介入として被験者に鏡治療を実施し、鏡治療前後での非利き手における実際、あるいは心的な課題遂行時間測定を行った。課題内容は、非利き手で「理学療法」の4文字を実際、あるいは心的に書字することとした。測定はデジタル式ストップウォッチを用い、実際の課題遂行時間は、ペンが紙にふれたところから最後に離れるまでとし、それを検者が測定した。心的な課題遂行時間は、開始から終了までを被験者自身が行った。鏡治療は作成した鏡箱を用いて実施し、非利き手を鏡の背面に置き、利き手の鏡像が錯覚で非利き手の運動として視覚入力されるように設定した。鏡治療は10分間施行し、鏡背面での非利き手の運動は全く行わなかった。測定結果の解析には、鏡治療前後における各課題遂行時間をpaired t-testを用いて分析し、心的課題遂行時間に対する実際課題遂行時間比率(以下心的/実際)も算出した。
【結果】
1.実際の書字課題遂行時間は、鏡治療前と比較し、鏡治療後において有意に短縮した。(p=0.004)
2.心的な書字課題遂行時間は、鏡治療前後において有意な差(短縮例18名、遅延例8名)を認めなかった。(p=0.162)
3.心的/実際は、鏡治療前0.68±0.36、鏡治療後0.69±0.30と有意な差は認めなかった。(p=0.953)
【考察】中高年者による実際の課題遂行時間は鏡治療により有意な減少を示した。このことは、若年者を用いた松尾らの先行研究と一致し、中高年者においても鏡治療の有効性を示している。しかし、心的な課題遂行時間に変化を認めなかった理由として、心的/実際が治療前より0.68であったことから、中高年者では、若年者に比べ運動イメージ生成に正確性を欠く状態であった為と考えられる。自身の能力を過大評価することなく正確に、明確な運動イメージを形成、維持し続けることの重要性が示唆された。