抄録
【目的】
近年、運動イメージに関する研究が活発に行われている。脳卒中患者では麻痺肢に対する鏡治療の有効性が報告されている。これは鏡による錯覚的な視覚入力が運動イメージの形成に影響を与えたと考えられる。運動イメージの測定手段としてDecetyらは心的時間測定(mental chronometry)を使用し、健常人では実際の遂行時間と心的な遂行時間に差がないことを証明している。健常人の非利き手における書字課題に対する鏡治療の影響は先行研究でも紹介され、実際・心的ともに即時効果が報告されている。しかしその持続効果に関する報告は少ない。運動イメージ形成後、その経時的変化を知ることは、臨床での治療介入において重要と思われる。そこで今回、鏡治療を実施し即時的に形成された運動イメージの30分後の持続効果について評価した。
【方法】
健常成人30名(平均年齢25歳、右利き28名、左利き2名)を対象とした。介入内容は、10分間の鏡治療とした。鏡治療は作成した鏡箱を用い、非利き手を鏡の背面、利き手を鏡の前に置き、鏡映像のみが視覚入力されるようにした。そして鏡映像が非利き手による運動として錯覚させた状態で書字課題を施行した。この間非利き手の運動はまったく行なわなかった。測定は鏡治療の介入前、介入直後、そして介入30分後の3回、非利き手で「理学療法」の四文字を実際にあるいは心的に書字することとした。測定にはデジタル式ストップウォッチを使用し、実際ではペン先が紙面に接触したときから離れるまでを検者が、心的では開始から終了までを被験者自身が測定した。30分後の測定までの間は書字以外の活動を行うよう指示し自由に過ごしてもらった。測定結果は実際・心的それぞれにおいて介入前・介入直後・30分後の課題遂行時間を一元配置の分散分析を用いて分析した。多重比較はBonferroniを使用した。
【結果】
鏡治療にて、介入直後及び30分後において実際・心的ともに課題遂行時間は短縮した。(p<.0001)また介入直後と30分後では実際・心的とも課題遂行時間に有意な差はなかった。
【考察】
運動イメージの形成とは、脳内にワーキングメモリが再生される過程といわれている。鏡治療介入直後の即時効果は鏡による錯覚的視覚入力が、実際の遂行と同様の脳内活動を賦活させ、非利き手による書字動作の運動イメージが形成されたと推測される。また鏡治療介入直後と30分後で課題遂行時間に有意差がなかったことから、運動イメージが30分間は持続していたといえる。このことからワーキングメモリでの運動イメージの保持は少なくとも30分可能であると推測される。今後、さらなる運動イメージの経時的変化を捉える必要がある。