抄録
【目的】
理学療法の分野において歩行分析は頻繁に行われ、その手段は様々であるが、臨床での歩行分析は時間や機器設備等の制約があり、主にストップウオッチや巻尺を使用した距離・時間因子分析が行われる。特に特定の距離を移動した際の所要時間と歩数から歩行速度、歩行率、重複歩距離を測定し歩行分析の手段とすることが多い。距離因子による分析の一つに変動係数を用いる方法が報告されている。変動係数(以下CV)は一貫性を表す指標であり安定性指標の一つと考えられている。我々は、脳卒中片麻痺者がプラスチック短下肢装具(以下AFO)を装着した効果を距離因子CVから検討する目的で研究を行った。
【対象と方法】
本研究の主旨を説明し同意を得た脳卒中片麻痺者12名(56±13.7歳、男性9名、女性3名、麻痺側は右8名、左4名。下肢Br-stageはIIIが2名、IVが9名、Vが1名)。対象選定の条件はAFOを処方され日常使用しており、裸足で介助なく最低8m歩行可能な者とした。対象者は足底にインク付フェルトを装着し両端に1.5mの助走路と追走路を設けた8mの紙歩行路上を快適速度にて歩行した。歩行は裸足時とAFO装着時それぞれ二回ずつ行い測定順序は無作為とした。インク跡より距離因子(重複歩距離、麻痺側歩幅、非麻痺側歩幅、歩隔)を求め、これら4項目の平均値とCV(標準偏差/平均値)および歩幅左右比(非麻痺側/麻痺側歩幅)を算出した。また、追走路と助走路を除いた5m間歩行の所要時間をストップウオッチで計測し歩行速度と歩行率を算出した。距離因子の測定は対象者の情報を知らされていない第三者が行った。統計処理は裸足時とAFO時の二群間の比較にWilcoxon符号付順位和検定を、距離因子4項目のCVと歩行速度、歩行率、重複歩距離との相関関係にはSpearmanの順位相関係数を用い、有意水準は1%とした。
【結果】
AFO装着により歩行速度、歩行率、重複歩距離、非麻痺側歩幅は有意に増大した。CVでは非麻痺側歩幅と歩隔が有意に減少した。非麻痺側歩幅CVと歩隔CVには歩行速度、歩行率、重複歩距離との相関は見られなかった。
【考察】
先行研究レビューでは歩行速度の増大や重複歩距離、歩行率の増大が多数報告されており、今回も同様の結果が得られた。一方、CVからAFOの効果を検討した報告はみられない。今回、CVは非麻痺側歩幅と歩隔においてAFO装着時に減少した。CVが減少すれば一貫性が高いことを示唆し安定性が改善したと考えられる。AFO装着肢である麻痺側立脚相の安定性が前後・側方共に改善したことにより非麻痺側歩幅と歩隔を一律に提供できるようになったと考えられる。距離因子4項目のCVは歩行速度や歩行率、重複歩距離とは相関しておらず、歩行安定性を客観的に評価する手段として距離因子CVの測定は有効であると考えられた。