抄録
【はじめに】四肢切断後や重篤な末梢神経損傷後に生じる幻肢感覚の発生機序はMelzackによるニューロマトリックス理論にて一定の推察の方向づけがなされた。Melzackは脳内の神経回路網の活動パターンをニューロシグネチュアとし、その更新には能動的感覚情報の必要性を提示しているが、その考えに基づけば現象論的に意識に残存する幻肢感覚の存在はその更新がいつまでもなされない状態と解釈できる。今回意識に上る幻肢感と脳内活動電位の相応を捉えることを目的に、下肢切断患者一例にて義足歩行が可能になるまでの幻肢感覚の変容と脳内活動動態の相応を体性感覚大脳誘発電位(SEP)にて評価し興味ある知見を得たので報告する。
【対象・方法】対象は71歳、男性。糖尿病による一側下腿切断である。SEP測定は日本光電社製MEB-9204にてFz、Cz、Cz、、PzよりFpzを基準電極として膝窩部、脛骨神経の電気刺激にて約200回の加算平均にて導出した。測定は切断術後4週、8週及び義足歩行が可能となった4カ月後に行い、測定肢位は原則は腹臥位で、義足歩行後はティルトテーブルにて義足装着での荷重立位及び幻肢感覚を誘発した状況下とした。また各時期にて自覚的幻肢感を問診した。
【結果】4週で足部に軽度の幻肢感覚を等身大に認めた。SEPは一次反応であるP1、N2成分は健常側と変わらないが100ms以降の二次成分の振幅が低下した。8週後で足部幻肢感覚(運動感、存在感)のテレスコープを生じ、時に同部の幻肢痛も増加傾向にあった。SEPは一次反応の潜時は変わらず波形のslow gradedを認めた。義足歩行後の4カ月で足部の幻肢感は歩行時の荷重感覚として増強すると共に、断端背側部の圧迫刺激をトリガーとして容易に誘発された。SEPは幻肢感がない時は4、8週時に比し一次成分振幅の低下を示し、二次成分も消失していた。義足装着時及びトリガーにて幻肢感誘発時では更に一次成分の振幅低下を認めた。一方、健常側では各条件、時期での変化はなく全成分において正常範囲での波形を呈した。
【考察】術後4週から8週でSEPの特に二次成分の明らかな減少を認めた。SEPの二次反応成分は感覚処理において大脳広汎な時系列活動を反映する。本症例ではこの二次反応が術後早期より減少し、また経過を追って幻肢感覚の増大と共に消失したことは求心路遮断後の脳内可塑的変化を示しており、その感覚処理過程において初期の段階で完遂しているか、あるいはサスペンドされている可能性がある。また義足や幻肢誘発時に一次成分が低下したことは幻肢感覚時の運動関連脳野の活動電位にてcancellation、あるいは一次感覚野の機能的なsuppresionが生じたと考えた。