抄録
【目的】支持基底面を変更しない姿勢制御の1つとして,股関節ストラテジーがある。このストラテジーには,立位時の身体重心に近く位置する股関節が関与する。我々は,股関節周囲筋による姿勢制御機構に着目して,片脚立位時の重心動揺に対する大腰筋の関与をテーマに研究を行ってきた。今回は,股関節深層に存在する股関節外旋筋をターゲットに,重心動揺の研究を行ったので報告する。
【対象と方法】対象は健常成人22名(男性3名,女性19名)で,平均年齢21.0歳,平均身長159.1cm,平均体重49.9kgであった。重心動揺の測定には,アニマ社製重心動揺計グラビコーダGS-10を使用した(サンプリング周波数20Hz)。壁から1mの距離に重心動揺計を設置し,目線の高さで前方を注視させた状態で非利き足における片脚立位をとらせた。30秒間の重心動揺を測定して,これをエクササイズ前(Ex前)のデータとした。その後,3分間の休息を取り,股関節外旋筋へのエクササイズを行った。エクササイズは,椅座位で中間位から外旋30°までの運動を30回行わせた(テンポ:60BPM)。この際, 500gの重垂を滑車にて下垂させ,その末端部を下腿遠位部にベルトで固定し,前額面上での抵抗とした。エクササイズ直後に同条件での重心動揺を測定し,エクササイズ後(Ex後)のデータとした。解析項目は,総軌跡長,外周面積,矩形面積として,統計学的処理には対応のあるt検定を用いた。
【結果】総軌跡長はEx前:107.2cm,Ex後:95.2cmで有意に減少していた(p<0.001)。一方,外周面積はEx前:3.2cm2からEx後:2.6cm2,矩形面積はEx前:9.8 cm2からEx後:8.1cm2と有意に減少していた(p<0.05)。
【考察】股関節外旋筋は,股関節回転中心に近い深層に位置し,それぞれの筋長が短い。そのため,肩甲上腕関節における回旋筋と同様,股関節の安定性への寄与が考えられる。500gという低負荷でのエクササイズであっても,総軌跡長・外周面積が減少したことから,股関節の安定性向上に外旋筋の関与が示唆された。また,矩形面積が有意に減少したことから,前後・左右方向の偏位が少なくなっていたことが伺える。今回使用した機器では前後・左右方向の軌跡長が計測できないものの,いずれかの方向あるいは両方向への移動距離が短縮したことものと考えられる。臼蓋形成不全などの股関節疾患,あるいは仙腸関節をはじめとする下部体幹に機能不全を有する患者において,このエクササイズの有効性が示唆される。
【おわりに】今回は,臨床で簡便に行える股関節外旋運動を設定し,静的姿勢制御への関与を検討した。今後は,股関節外旋運動の動的姿勢制御への関与についても研究をすすめたい。