抄録
【目的】ヒトの四肢は2つのリンクを2組の拮抗単関節筋と1組の拮抗二関節筋の組合せからなる3対6筋で制御する基本構造を有しており,外部負荷に対する関節の剛性は拮抗筋を同時収縮させることによって得られている.この外部負荷に対する拮抗筋の同時収縮パターンは,加齢変化によって単関節筋から二関節筋優位に変容することが報告されているが,その詳細なメカニズムはわかっていない.
熊本らは,3対6筋の活動は下肢先端部の出力方向によって規定されるとして,そのアルゴリズムを機能別実効筋という概念で説明している.本研究は,歩行中の下肢系先端部の出力状態を三次元動作解析により調べ,拮抗筋の同時収縮パターンの加齢変化を機能別実効筋の概念から解明することを目的とした.
【方法】対象は高齢者10名(男性5名,女性5名,平均年齢71.5歳±4.3歳),若年者10名(男性5名,女性5名,平均年齢26.3歳±7.2歳)とした.被験者の体表面上にマーカーを装着し,三次元動作解析システム(VICON MOTION SYSTEMS社製 VICON612,AMTI社製床反力計)を用い自由歩行の計測,分析を行った.分析対象としたのは,外部負荷が最も大きくなる立脚初期の鉛直床反力第1ピークとし,下肢先端部で出力された力の大きさと方向をサンプリングした.尚,下肢先端部の出力は股関節と足関節を結んだ直線と床反力ベクトルとのなす角度とした.下肢先端部の出力ベクトルと関節角度を機能別実効筋力評価プログラムFEMS(計算力学研究センター製 )を用いて3対6筋の出力比率を算出し,高齢群と若年群との比較検討を行った.
【結果】FEMSにより算出された3対6筋の出力比率から同時収縮の組合せは以下の通りであった.若年群は大腿二頭筋短頭-大腿広筋群の出力比率49.0:51.0であり,膝関節拮抗単関節筋による同時収縮が確認されたのに対して,高齢群はハムストリングス-大腿直筋の出力比率が41.8:58.2であり,拮抗二関節筋による同時収縮が確認された.
【考察】歩行中の下肢先端部の出力を関数としてFEMSで算出した筋出力比率から,若年者における立脚初期の関節剛性は単関節筋によって得られているのに対して,高齢者では二関節筋によって得られていることが確認された.この結果は,歩行中の筋活動の加齢変化を調べた諸家の報告と一致しており,高齢者歩行による筋活動の変容は,下肢先端部で発揮される出力方向に依存しているものと推察される.若年者に認められる拮抗単関節筋による同時収縮パターンでは,股関節と膝関節の運動自由度を保ちながら剛性制御が可能である.一方,高齢者に認められた拮抗二関節筋による同時収縮パターンでは,下肢関節の運動自由度を犠牲にして,関節剛性を高める事を優先した剛性制御であると言え,高齢者の易転倒性を解明する手掛りとなるのではないだろうか.