抄録
【目的】肺内に酸素を取り入れるためにはいわゆる呼吸筋が収縮することで胸腔内を陰圧にする必要がある。しかしながら、この呼吸筋は呼吸機能だけではなく、姿勢制御機能も担わなければならず、吸気筋として重要な横隔膜でさえも例外ではない。Sinderby(1992)、Hodges(2000)、玉垣(2002)は横隔膜の姿勢制御筋としての機能を報告しており、興味深い。今回、横隔膜を除いたほとんどの呼吸筋が機能しない頸髄損傷者を対象とし、坐位の安定性を変えた場合、いわゆる呼吸筋の呼吸機能と姿勢制御機能に違いが生じ、横隔膜・斜角筋の筋活動、胸部・腹部運動、1回換気量(以下TV)、肺活量(以下VC)に違いが生じるのではないかと仮説を立て、検討した。
【方法】Frankel A、C6B2の頸髄損傷者1名を対象とした。坐位の条件は、本人のクッションを使用した車椅子坐位(以下条件1)、本人のクッションの代わりにエアースタビライザーを使用した車椅子坐位(以下条件2)、端座位(以下条件3)の3つとした。呼吸の条件は安静呼吸、深呼吸の2つとした。その際の横隔膜・斜角筋の筋活動、胸部・腹部運動、TV、VCを測定した。胸部(乳頭部)および腹部(臍部)の動きを測定するため、レスピトレース(米国AMI社製)を使用した。同時に横隔膜(貼付方法はGross(1979)の方法に準じた)・斜角筋の表面筋電図、TV、VCを測定し、コンピューター上で同期させた。尚、被験者には研究の主旨を説明し、了解を得た。
【結果】安静呼吸において、横隔膜・斜角筋の筋活動量は条件2で条件1よりも若干大きく、条件3では条件1、2に比して、吸気時以外の横隔膜の筋活動量が大きかった。また、胸部・腹部運動は条件3では条件1、2に比して呼吸ごとにばらつきがあった。TVは条件1、2、3でそれぞれ0.26L、0.38L、0.30Lであった。深呼吸において、横隔膜・斜角筋の筋活動量は各条件で著明な変化を認めなかった。また、胸部・腹部運動は条件3、2、1の順に大きく、VCは条件1、2、3でそれぞれ2.18L、1.87L、2.12Lであった。
【考察】安静呼吸の条件3は他の条件に比して、吸気時以外の横隔膜の筋活動量が大きく、胸部・腹部運動が呼吸ごとにばらつきがあったこと、深呼吸の条件1のVCが条件2より大きかったことにより、座位が不安定である場合、横隔膜の姿勢制御機能が賦活され、呼吸機能に影響を及ぼすことが示唆された。このことは呼吸器疾患の治療において、横隔膜の呼吸機能をより発揮させるためにマルアライメント、両下肢・体幹機能不全にアプローチする理由づけになると考えられる。胸部・腹部運動とVCに関連性を認めなかったが、これは諸家により報告されているように頚髄損傷者の胸郭の動きが健常者のように一様ではないことが影響しているのかもしれない。本研究は1症例のみを対象としており、今回の結果を一般化することは出来ないが、今後症例数を増やし、検討を進めていきたい。