抄録
【はじめに】腹部大動脈瘤(以下AAA)が破裂するとその死亡率は約50%にも及ぶと言われている。また救命しえてもイレウスや腎機能障害、呼吸不全などのハイリスクな合併症が高度に出現する。そのため全身管理を含めた理学療法(以下PT)の実施は非常に困難である。今回、AAA破裂術後に呼吸不全、腎不全急性増悪、対麻痺、カウザルギーおよび自律神経障害と考えられる起立性低血圧などを合併した症例に対するPTとリスク管理について報告する。
【症例】61歳男性。慢性腎不全にて当院外来に通院中であった。2004年8月21日深夜、急激な下腹部痛出現。症状増悪し早朝救急車にて受診。来院後、意識消失。収縮期血圧70から80mmHgとショック状態であった。CTにてAAA破裂と診断され、即日緊急手術を施行した。
【経過】術後、自発呼吸が減弱し、気道内分泌物貯留による無気肺のため呼吸不全が出現。人工呼吸器管理下で肺PTを実施した。術直後より対麻痺が出現し、両下肢筋力は消失。表在覚、深部覚ともに両側に著しい低下ないし消失が認められた。腎不全急性増悪を併発し、透析を実施した。また両側内腸骨動脈血紮によると考えられる両下肢の重篤な筋虚血による筋線維崩壊が認められた(CPKmax.89,560IU/l)。更に、左下肢に重症のカウザルギーを併発し、持続性で極めて苦痛を伴う灼熱痛が出現した。端座位ではめまい等の症状を伴う起立性低血圧を起こし、運動療法の進行をさらに困難にさせた。PTプログラムとして、極めて愛護的にROM ex.と浮腫に対するマッサージを行い、起立性低血圧に対してはめまいの出現に格段の注意を払いながら起居動作および立位へと進めていった。収縮期血圧は臥位で120mmHgから座位で70mmHgへ下降。第70病日後の退院時は50m歩行後で120mmHg程度と良好であったが、100m歩行では80mmHgへと低下した。
【考察】本邦におけるAAA破裂後は厳しい予後についての報告が多い。広瀬ら(1999年)は破裂性AAA後多臓器不全にて術後17週目に対麻痺の回復をみることなく死亡したと報告。坂口ら(2000年)は対麻痺の合併は稀であるがその発症は極めて重大であり、下肢の筋力の回復は認められないと述べている。本症例は、生命の危機に加えて重篤な血圧調節障害、運動機能障害を合併し、医療者側では当初より厳しい機能予後を予測していた。最終的には100mの杖歩行が可能となって退院したが、医師、看護師らと共に起立性低血圧に対する投与薬剤の検討、カウザルギーに対する患者教育を含めたチーム内での統一方針の設定と実践が奏効したものと考えられた。今後AAA破裂後の救命例の増加とともにPTの適用も増加するものと考えられるが、原疾患及び合併症のリスクに対する医療チーム内での共同管理は今後増々重要になってくるものと思われる。