抄録
【目的】適度な運動により骨格筋が肥大して、筋力が増強される。運動中、筋が収縮すると、収縮力に対する応力 (張力) が筋に働く。この張力が筋肥大を引き起こすことに重要であると考えられる。しかし、その分子メカニズムは十分に解明されていない。既に我々は、伸張刺激により肥大する培養骨格筋細胞のモデルにおいて、 phosphatidylinositol 3-kinase/Akt 経路が関与することを明らかにした。この筋肥大に関与することが予想される他の経路として、 calcineurin/nuclear factor of activated T cells (NFAT) 経路がある。同経路は、細胞内カルシウム濃度の上昇により活性化して、遅筋型筋タンパクの遺伝子の転写を促進すると考えられている。今回は、本実験系における calcineurin/NFAT経路の関与について検討した。
【方法】ニワトリ胚の胸筋から採取した筋芽細胞を、 collagen type I をコートした薄いシリコン膜上に初代培養した。シリコン膜の表面に溝をつけ、筋線維が一定方向に並ぶように工夫をした。培養開始後 5 日目の筋管細胞に、シリコン膜を伸張して、筋線維の長軸方向に伸張刺激を与えた。頻度 1/6 Hz、伸張率 10% の周期的伸張刺激を 72 時間加えた (伸張群)。同じ期間に伸張刺激を加えず、シリコン膜上で培養した細胞を対照群とした。伸張群と対照群、それぞれに calcineurin の抑制剤である cyclosporin A (1 mM, CsA) を加えた 2 群の合計 4 群について、以下の手順により筋線維直径を計測して肥大の評価をした。 4% パラフォルムアルデヒドで固定した細胞の位相差顕微鏡像をデジタルカメラで撮影して、その画像上の筋線維の直径を画像解析ソフト Scion image を用いて計測した。撮影では、シリコン膜 (縦 40 mm × 横 10 mm) を凡そ縦 4 分割 × 横 3 分割した 12 領域から各 1 枚の画像を得た。直径の計測では、長方形の画像に 1 本の対角線を引き、その対角線と筋線維が交差する箇所で筋線維の長軸方向と垂直な線維径を計測した。
【結果】対照群の筋線維直径が、平均 14.6 ± 4.9 μm (n = 88) に対し、伸張群の筋線維直径は、平均 17.3 ± 7.4 μm (n = 119) であり、伸張刺激により筋線維が肥大した。 CsA を加えた場合、対照群の筋線維直径は、平均 14.1 ± 6.1 μm (n = 99)、伸張群の筋線維直径は、平均 19.4 ± 7.3 μm (n = 119) であり、共に抑制剤を加えない場合と変わらなかった。
【考察】筋肥大に calcineurin/NFAT 経路が関与するか否かという点については、報告者により異なる。我々の実験系では、 CsA により筋肥大が抑制されなかった。よって、この筋肥大には、同経路は関与しないと考えられた。伸張刺激による筋肥大の分子メカニズムを明らかすることは、科学的根拠に基づく筋力増強や筋力低下を抑制する方法を開発することにつながると考える。